これは2003年10月9日執筆です。

          

               物価下落をどう見るか       

                                        

 今日の物価下落を考える場合、第一に原因が通貨側か商品側かが問題である。第二にその価格によって再生産と生活維持が可能か否かが問題となる。第一については、日銀による破格の金融緩和の継続によっても一向に物価が上がらないことからも明らかなように通貨ではなく商品側に原因がある。従って現状をデフレ1)とするインフレ・ターゲット推進論は誤りだし、それが金融政策に焦点を当てることは実体経済の問題点を隠すことになる。

 第二については、同じ価格低下といってもコスト低下に見合ったものと需要不足によるものとを区別すること、また賃金低下についても必要生活費の低下に見合ったものと生活内容の切り下げを意味するものとを区別することが必要である2)。コスト低下の枠内ならば再生産ないし生活維持が可能であるが、枠を越えればそれらが困難となる。

 今日の物価下落の主な原因は、1.需要不足2.生産性の上昇3.輸入品の低価格であろう。このうち1では予定した価格が実現できないので再生産が困難となる。2は一応コスト低下に見合った価格低下といえるが、今日ではリストラ・サービス残業・不安定雇用の増加などの人件費削減による効率化が重要な部分を占めており、生活困難・需要不足の原因となっている。3も原材料や生活用品などの価格低下が物価・賃金に反映した限りでは再生産・生活維持の困難は惹起しないが、国内競合産業への打撃による不況圧力となる。

 このように今日の物価下落は実体経済の諸困難の反映だが、そうした状況を可能とし、また強制さえするのはグローバル化であろう。発展途上国の低賃金・無権利労働との様々な競争によって先進国労働者の労働条件も悪化し3)、賃金下落・消費需要の減退が起こり、これが物価下落をともなった長期不況の起動力となっている。「構造改革」はグローバル化への過剰適応であり、「非効率」企業(産業)の淘汰やリストラは人々の生活・労働・営業を破壊している。しかしグローバル化自体は必然の過程だが今日の状況をも自然現象のように捉えるのは誤っている。多国籍企業は労働などの世界的格差を意識的に利用することでリストラ的資本蓄積(4)を実現しているが、これに対して国際社会による格差是正の努力を展望しつつ、当面グローバル化の中でも、充実した内需循環をもった国民経済・地域経済を確立して人間的生活を守る、というのが本来の政策課題のはずである(この点で日本とEU諸国とには質的差がある)。ところが世間の論調では、そこから金融問題に逃避したり(「インフレ・ターゲット」)、多国籍企業の立場から逆に生活破壊をいっそう推進している(痛みに耐える「構造改革」)。ここには政府・財界などの問題の他にも、価値論の誤りのため物価下落の質的分析ができず、国民経済と労働力の正常な再生産の見通しを示せない経済理論の問題もあると思われる。

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1)  デフレの定義については通俗的には(というか国際機関や日本政府の正式の定義ではあるが)、一定期間以上にわたる物価の継続的下落とされているが、私は通貨量の収縮による物価下落としている。実体経済を原因とする物価下落をデフレと呼び、そこで本来の貨幣論的定義にすり替えて、この物価下落はデフレだから金融政策によるインフレで相殺する、というごまかしの議論は「正式の」デフレ定義のあいまいさ(両義性)を利用している。それを許さないためには厳密な定義が必要だと考える。

2)  「コスト低下に見合った価格低下」と「需要不足による価格低下」というのは、マルクス経済学でいう、「価値そのものの低下」と「価値以下への価格の低下」を私なりに現象的に言い替えたものである。同様に賃金についても、「必要生活費の低下に見合った賃金低下」と「生活内容の切り下げを意味する賃金低下」とは「労働力の価値そのものの低下」と「労働力の価値以下への賃金の低下」を意味する。商品に対する需給関係による価格変動の平均的中心にあるのが価値であり、これは(一定の生活水準に対応した)一定の再生産構造を前提している。何らかの原因によりそこから一方的に乖離した価格が常態化することは再生産の破壊が生じていると考えられる。このように価値概念の設定は再生産の不均衡を考える上で必要だと思う。需給によっていかようにでも変化する価格概念だけではその点が欠ける。

3)  発展途上国の労働と先進国の労働との様々な競争というのは、一つには安価な輸入品による先進国競合産業への人件費削減圧力であり、二つには低賃金労働を求めた資本輸出による産業空洞化がもたらす失業さもなくば賃金切り下げであり、三つには外国人労働者との競争である。まだあるかもしれないが、労働力移動を前提にしなくても商品と資本の移動によって国際的な労働者間競争が起こりうる。

4)  リストラ的資本蓄積とはコスト削減による減収増益型の資本蓄積であり、原材料の世界的規模での調達なども含むが、中心は人件費削減である。

                                  

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