平和構想学習会のレジュメ集です |
平和構想学習会 第4回 2018年3月12日
於:くらし支える相談センター
テキスト 渡辺治・福祉国家構想研究会編 シリーズ新福祉国家構想D
『日米安保と戦争法に代わる選択肢 憲法を実現する平和の構想』(大月書店、2016年)
第4章 安保のない日本をめざす運動と構想の経験(渡辺治)
1 平和運動と対抗構想の経験から学ぶ
平和運動と対抗構想の経験
戦争法廃止の共同が多数派を形成するために
戦争法と改憲の道に代わり、憲法を生かす平和保障の選択肢の提示が必要
安保・自衛隊体制に代わる憲法の理念に基づく平和・安全保障の道
=武力によらない平和の構想 1950年代初めから運動内部で繰り返し探求
本章の課題
<主体・担い手の形成―対抗構想の具体化―政府構想>という関連に注目して
歴史的に振り返り、受け継ぐべき点とその限界を析出
対抗構想の展開の時期区分と指標
第一期:1950年代初頭〜後半
保守支配層の動き
片面講和+安保条約による米軍駐留継続+アメリカに従属した再軍備の路線
対抗構想の登場
安保と再軍備によらず憲法の非武装平和主義の理念により日本の平和を実現する路線
第二期:60年安保闘争期
総評、社会党、共産党の共闘の成立
それを受けて安保破棄の政府構想が始めて提唱された
第三期:1960年代から80年代
運動の高揚・圧力→保守支配層が改憲を封印、自衛隊の活動を制約する政府解釈
社会党・共産党・公明党を含む統一戦線の追求
各党による安保・自衛隊に代わる対抗構想ならびに政権構想が具体化・提言
第四期:1990年代初頭以降
自衛隊の海外派兵と改憲の追及⇔海外派兵阻止に立ちはだかる
2 一九五〇年代平和運動と対抗構想 第一期
(1)運動と対抗構想の担い手の特質
<全面講和+反安保+反再軍備+中立>の構想掲げて立ち上がった運動
担い手:政党ではなく、総評労働運動、オール知識人
戦争への反省
労働組合、知識人 戦争への強い反省と悔恨
e.g. 総評 出自と急転換
平和問題談話会と知識人
平和問題談話会 戦争への反省を共通点に、空前絶後の広範な知識人の結集
世代的、政治・思想的、学問分野的に横断的なオール知識人の連合体
1949・50年に3回の声明 → 全面講和+安保・米軍駐留反対+中立+再軍備反対
→総評により「平和4原則」として定式化、運動の共通スローガンに
.
戦後平和運動の担い手・日本型社会民主主義の形成
日本型社会民主主義:平和を中心課題とする そこでの左右対立(社会主義路線でなく)
1951年 左右分裂 右派「講和賛成、安保反対」:ホンネは安保・再軍備やむなし
左派「講和・安保両条約反対」
改憲を阻む力
50年代平和運動が掲げた反安保・反再軍備の主張それ自身はかなわなかったが、
それが改憲を止めた
平和4原則の闘いの盛り上がり→改憲賛成多数から反対多数へ
左派社会党の躍進、1955年両派合同の際には右派を圧倒
1994年、村山富一政権誕生の前まで、安保反対・自衛隊違憲・非武装中立を貫く
(2)平和問題談話会を中心とした対抗構想の特質
冷戦対立のなかでの小国日本の役割=「積極的中立主義」
冷戦―中立論 → 「積極中立主義」
冷戦の二つのブロックに属さず「第三勢力」と手を組んで対立の緩和に努力する
cf 共産党・左派社会党の冷戦論 帝国主義ブロックVS社会主義中心の平和勢力
日本国憲法への評価
構想の柱 日本国憲法
鵜飼信成 9条はあらゆる戦争否定 再武装は不可能
9条の平和:中立不可侵と国連
山川均(談話会外)非武装憲法堅持、国連の集団安全保障にゆだねる
侵略者への対処 非武装抵抗:非服従・非協力・サボタージュ
中立と経済自立のリンク
日本の経済的自立のためにも全面講和が不可欠(1950年、第二声明)
1954・55年 経済・政治・文化での構想発表
→知識人グループのトータルな対抗構想はその後現在までない
(3)第一期の限界と課題
共産党、社会党 それぞれ分裂(1955年、ともに統一回復)→政府構想を具体化できず
3 一九六〇年安保闘争期と対抗構想 第二期
安保闘争の中で <統一、対抗構想、政権構想> という連関が成立
(1)担い手の移動――総評+社会党+共産党という隊列
革新政党の比重の増大
共産党 統一回復、運動へ復帰、既存の政策の点検と修正
第7回党大会 「憲法の平和的民主的条項の擁護」
→憲法と安保破棄後の中立とへの評価を劇的に変更
社会党 1955年統一 国会の1/3以上の議席 対抗構想の具体化に大きな力
総評 太田薫・岩井章体制 社共共闘にイニシア
安保共闘――対抗構想実現の政治力
安保に代わる対抗構想:政治勢力の共同と政権構想
←1959年3月「安保条約改定阻止国民会議」結成、社会党・共産党・総評の共闘の成立
(2)中立構想の共通化・具体化
共産党の中立論支持への転換
1958年「対米従属から自主的中立政策」への転換
中立を安保破棄・米軍撤退後の日本の安全保障のカナメに置く
ソ連中心の軍事同盟に入らないことで、社共共闘の障害物の一つが取り除かれた
社会党の中立論の深化
第三勢力論から軍事ブロック離脱中心へ 共産党の中立論との共通性
東西両陣営の軍事同盟解消
日本の安全保障 軍事ブロックの解消、国連の強化による「普遍的安全保障」による
中立構想の具体化
坂本義和「中立日本の防衛構想」(『世界』1959.8)
軍事同盟の論理は核戦争の危機に巻き込まれる危険性を増す→中立の正当性
中立の国際的保障だけでは不安という世論に対して、
中立諸国からなる国連警察軍の日本駐留と縮小した自衛隊の国連警察軍への吸収
を提案 → 90年代冷戦後の現実主義者に受け継がれる内容
談話会の若手政治学者ら「政府の安保改定構想を批判する」(『世界』1959.10)
核の手詰まり状況 → 冷戦の論理の後退、中立構想の現実性の増大
1.軍事同盟からの離脱による中立
2.国連の集団安全保障の強化
3.緊張緩和を促進する日中国交回復やアジア非核武装運動など外交政策の推進
(3)連合政府構想の登場
社会党の「護憲・民主・中立の政府」
社会党単独政権に至る過渡的政府の提唱(1960.7.5) 統一戦線の方針がない
保守の一部を含めた連立政権
共産党とは大衆闘争で共闘するが、連立政権の対象とせず
安保反対の民主連合政府 共産党
民主的選挙管理内閣の提唱(1960.5末) すべての反岸勢力の結集
「安保条約反対の民主連合政府」提唱(60.6)社会党・共産党・総評の共闘に高い評価
(4)第二期の限界と課題
政府構想が抽象的であり、共闘が前進しなかった 戦争法強行後の野党共闘まで実現せず
4 一九六〇〜八〇年代――対抗構想の具体化、変容 第三期
(1)自民党政治の転換と運動の担い手の変貌
自民党政治の変貌――平和運動と構想の影響
安保改定の狙い:軍事同盟の強化 しかし
安保闘争の衝撃で「小国主義」へ大転換 改憲と復古政治を断念
憲法による制約を前提にした安保・自衛隊政策の具体化
ベトナム戦争に向けた軍事基地強化はされたが、
日米の共同作戦活動の強化に歯止め、自衛隊の海外武力不行使の政府解釈確立、
非核三原則・武器輸出三原則など軍事大国化否定の政策
革新政党の運動強化、共同の条件と平和構想の具体化
安保闘争の統一戦線は中断したままだったが、
社会党・共産党・総評・知識人の運動は上げ潮
1.安保のない日本についての広範な合意 公明党も含めて
2.革新側の平和構想が最も活発に論じられ、具体化された時代
(2)平和構想の具体化と前進
安保闘争後の知識人の平和構想の前進
○中立論の具体化、前進
日高六郎 中立を社共共闘の政策的カギと見る
戦時における戦争回避の消極的な政策ではなく
平和と独立を確保しようとする要求に根ざした恒常的対外政策
安保に代わる日本外交の柱に
中立実現のポイント 今日でも必須の二つの重要条件
1.政府問題 中立主義政府の実現が不可欠
2.国際的条件 非同盟中立運動の高揚による軍事ブロック破棄、基地撤去の広がり
○「安保のない日本」の経済
都留重人
1.安保解消は日本経済にプラス
軍事費負担の軽減 日中貿易拡大 AA諸国との貿易拡大
2.軍需に頼らない福祉国家型の経済建設 (208ページ)
社会党の非武装中立構想の具体化と影響
1969年に完成した政策の四つの特徴
1.憲法に根拠を求める
2.安保破棄後の平和友好外交・中立の国際的保障措置が具体化(210ページ)
3.自衛隊解体プロセスの具体化、国家機構の民主的・平和的改革を提案(同前)
4.政策の具体化に比べて、担い手・政府構想が弱い
○社会党の平和構想の具体化 …… 非武装中立構想の形成過程
1959年では非武装中立の定式化されず
石橋構想(1966年提出、69年「非武装・平和中立への道」政策として完成)
自衛隊の廃止・改編
安保は日中国交回復・平和不可侵条約・日ソ平和友好条約の締結を踏まえて解消
○憲法を前面に
当時の共産党の中立論と比して特徴的
○自衛隊廃止の条件と廃止過程
自衛隊解体の4条件
社会党政権の安定度、自衛隊掌握の度合い、国民意識、平和・中立外交の進展
廃止計画の立案作業に自衛隊員代表を入れる 自衛隊員の生活保障に3組織
1.国民警察隊 広域警察を分担、海上保安庁の拡充
2.平和国土建設隊 国土開発、大規模災害の救援・復旧作業
3.平和共栄隊 途上国の要請に応じて国土開発を担う
○連合政権構想の貧弱
この時点では、社会党政権 1973年 国民連合政権
共産党の中立・自衛論の具体化
○中立自衛論の形成と確立
1958年 中立論
その後の情勢: 60年代 ベトナム戦争 沖縄返還運動 1970 安保条約固定期限切れ
1968年 中立・自衛論の安全保障政策を発表
1973年 民主連合政府綱領
○中立自衛論の構造……共産党の構想の特徴1
安保条約の廃棄、米軍基地撤去、沖縄・小笠原返還 → 中立日本の実現
続いて自衛隊(対米従属で憲法違反)解散
中立日本の安全保障 政府の平和政策の積極的推進
独立・中立を維持する国民の決意と政治的団結の強化
中立日本の国際的保障
独立後の日本では憲法を再検討し自衛措置を執る
*中立自衛論の注目すべき点*
1.安保廃棄と自衛隊の解散について徹底した態度
・条約に基づく廃棄通告 外交交渉による廃棄ではない
・自衛隊の改組でなく解散
2.中立日本の安全保障…上記 現在でも重視すべき指摘
3.民主連合政府構想と密接にリンク 連合政府の進展に応じて段階的区別
第一段階 安保条約廃棄
自衛隊:日米共同作戦体制づくり・軍国主義復活強化を阻止に留める
第二段階 自衛隊の解散
第三段階 中立日本の下で憲法の見直し、自衛措置の国民的検討
4.民主連合政府でいったん自衛隊解散後に、中立日本で改憲を提起する理由
1.改憲は社会全体の歴史的発展に即して提起される問題で、
9条だけで手を付けるべきでない
2.民主連合政府の任務は対米従属からの独立
この段階を抜きに独立・中立の日本にふさわしい自衛措置を執り得る段階に
前進できる国民的条件がない
→対米従属の自衛隊は改組できるようなものはなく、
解散させ、改めて人民の武装部隊を創設する以外にない、と判断か
*中立自衛論の難点*
1.将来の「自衛措置」――「武力による平和」の構想
9条の理念とも、共産党が目指す将来の社会構想からも矛盾する
2.民主連合政府段階での「武力によらない平和」の実現を過小評価
安保廃棄・自衛隊解散を可能とする国内外の条件をつくり出しながら
あえて再び軍備を創設することは不要
○連合政権構想の重視……共産党の構想の特徴2
安保構想と連合政権構想 社会党と比べて強く結合して提起
自党の構想と民主連合政府構想との政策を区別して提起
1.安保廃棄 共産党:廃棄通告論 連合政権構想:国会の承認を経て廃棄通告
2.自衛隊解散 民主連合政府綱領:第一段階、自衛隊の縮減と基地縮小・隊員の再教育
第二段階、「政策的一致」条件で解散
3.将来の自衛措置は民主連合政府の政策には入れず
○沖縄返還の重視……共産党の構想の特徴3
60年安保闘争では沖縄全面返還は共同目標に入っていなかった
60年代前半の共闘再開要求で、共産党は共通課題に入れるように要求
(3)なぜ共闘はできなかったのか
1.安保廃棄後の将来構想の違い
社会党・共産党・公明党の間に安保廃棄、自衛隊の縮小・解散で共同の条件
→今日の戦争法廃止の野党共闘と比べると驚くほど高い合意
しかし共産党は連合政府と党の主張を区別したが、
公明党などは将来構想の違いを共闘拒否の口実に
(刑部コメント:口実だから本当の理由はほかにある)
2.社共間で原水禁、教育・自治体労働運動で深刻な対立
3.70年代前半までは、運動が上げ潮で、野党が持続的共闘をしなくても
政府の反動政策を押し返せた
→今日では、野党共闘しなければ、立憲主義さえ破壊される切羽詰まった状況
4.80年代に成立した社会構造
70年代、企業社会の成立 生産性向上に協力して生活改善
→民間では企業主義的労働運動が制覇、平和運動から後退
総評・社会党の変貌 右派が台頭 共産党敵視
(4)一九八〇年代の運動の変貌と対抗構想
現実主義の台頭と担い手の変貌
1.不況克服過程での企業社会化→民間労働組合が運動から脱落
労働運動の停滞
2.企業主義労働運動の圧力で社会党が変質
→社公合意、共産党排除、安保政策再検討
知識人の平和構想の具体化と限界
憲法学者・弁護士が大きな比重
恵庭・長沼裁判など自衛隊違憲裁判
1987年 深瀬忠一ら共同研究『平和憲法の創造的展開』「総合的平和保障基本法試案」
80年代後半、共闘後退期の特徴と限界
5 一九九〇年代、冷戦終焉と経済グローバル化のもとでの大国化と対抗構想の変質
第四期
(1) 冷戦終焉と自衛隊海外派兵の動きの台頭
冷戦終焉と世界の警察官アメリカ
冷戦終焉、ソ連・東欧の崩壊、中国の市場経済化、第三世界の市場経済への参入
→グローバル経済と競争の時代、アメリカの一極覇権、自由市場の維持・拡大
アメリカ、日本のグローバル企業
→日本政府に自衛隊海外派兵を柱とする国際貢献を求める e.g. 湾岸戦争(1990)
自民党政権の政策転換――自衛隊派兵と改憲
「小国主義」の既存路線(海外派兵と集団的自衛権の否定)の転換
PKO協力法(1992)、日米ガイドライン(1997)、周辺事態法(1999)
2001.9.11テロ事件後 アフガニスタン戦争、イラク戦争で自衛隊海外派兵
第二次安倍政権 解釈改憲、戦争法強行 明文改憲の動き
(2)平和運動の担い手の大変貌 注目される六つの変化
現実主義派、「リベラル」派の台頭
安保廃棄・自衛隊違憲論を主張してきた知識人の一部に
現実主義的対応を説くグループが出現
安保・自衛隊容認派の勢力内に自衛隊の海外派兵に危機感をもって反対する
「リベラル派」の台頭
社会党の安保・自衛隊政策の転換、社会党の解体、社民党
自社連立村山政権(1993) 社会党、安保・自衛隊容認←現実主義派の言説の影響
革新派国民の大量離反で社会党は解党へ
社民党へ党名変更(1996) 一部は民主党に参加し、平和運動の隊列が縮小
民主党の台頭、ジグザグ
社会党の一部を糾合して第三極として登場(1996)
保守勢力も糾合して自民党に代わる政権目指す保守政党化(1998)
社会党・自民党との違いを出す
以後、現実主義化と急進化に揺れ動く 「リベラル派」の政策に共通
共産党の平和構想の転換、徹底
1.憲法9条の意義強調 非武装平和主義の先駆的意義を力説
2.中立自衛論の転換 9条堅持による「武力によらない平和」路線
3.「憲法の民主的平和的条項の完全実施」から「改憲阻止」に徹底
→変革構想の中での憲法の比重の飛躍的拡大
軍事大国化だけでなく新自由主義改革にも反対
*転換の背景*
1.従来からあった憲法の価値の高評価の流れが、軍事大国化を機に一層強力に
2.支持基盤が少数派労働運動や中小・地場産業にあるため、
新自由主義改革や大国主義化に反対して急進化
軍事大国化に反対する市民運動の台頭
自衛隊の海外派兵反対に焦点を当てた新たな市民運動の台頭
1.国連への幻想を払拭、その批判的検討、実際の役割の評価
2.アジア諸国の動きに呼応して、日本の戦争責任・慰安婦問題の追及
3.反政党主義・反組織主義の克服 市民運動の相互連携と政党間の共同促進
新たな共同の試み
戦争法に対抗する「総がかり行動実行委員会」に至る流れ
1.総評に代わり市民運動が政党・労組の共同の蝶番に
2.ゆるいネットワーク型の組織 そこで諸個人の役割が大きい
3.安保・自衛隊での意見の違いを棚上げして、
日米同盟強化と自衛隊の海外派兵に反対の合意による共同
(3)「現実主義」の対抗構想とその変容
平和基本法構想の輪郭
9条の平和構想の具体化ではなく、逆に安保・自衛隊を合憲的存在として容認する方向
情勢認識 冷戦の終焉で、軍事ブロック・軍事同盟・集団的自衛権は無意味に
国内政治も対決と論争に終止符を
→政府の解釈改憲による憲法と安保・自衛隊との矛盾・乖離を、憲法の精神に即して回復
しかし安保廃棄・自衛隊解消ではコンセンサス得られないので、「創憲の道」
平和基本法の制定
合憲的な「最小限防御力」まで自衛隊を縮小
安保条約を「脱軍事化し地域安全保障機構に吸収させ」る
平和基本法構想に現れた革新の側からの「現実主義」論の特質
○「現実主義」の系譜
もともとの「現実主義」
60年代 保守的知識人の議論 柔軟な解釈による安保・自衛隊合憲論
軽武装による経済成長促進という現実的効用を押し出して国民的合意を図る
90年代の平和基本法の「現実主義」
安保・自衛隊批判に対して、安保と自衛隊の存在を認めさせることで国民的合意図る
本来の「現実主義」の効用論が通用しないので、作為的な立論を繰り出す
○基本法論の機能
安保廃棄をとらない理由
1.経済発展条項があるから軍事同盟一辺倒ではない
2.アジア諸国からの日本の軍事大国化への警戒を和らげる役割がある
いずれも「理由」になっていない
基本法論が狙う「安保の脱軍事化」の諸政策(地位協定の破棄、等々)は
アメリカとの協議では達成できない 安保は廃棄しかない
自民党政権からも安保・自衛隊違憲論者からも相手にされず、影響力なし
社会党幹部の転向の口実になっただけ
新たな現実主義=リベラル派の台頭
保守主義陣営内から、自衛隊の海外派兵批判の新たな「現実主義」として
「リベラル」派が台頭
安倍政権と対決 基本法論の「現実主義」とは逆のベクトルの積極的動き
→テキスト第6・7章で扱う
(4)冷戦後の新たな対抗構想の特質
安保廃棄・自衛隊違憲派の中から新たな潮流も出現――当テキストの立場
1.現代の戦争をなくし抑えるには、日米同盟の強化・海外派兵に反対するだけでなく
戦争とテロの根源である多国籍企業の規制、新自由主義改革に反対する必要がある
2.安保体制の焦点として沖縄問題、とりわけ普天間基地撤去・辺野古新基地建設反対
を重視
3.日本帝国主義の植民地支配と侵略戦争によってもたらされた被害の責任と補償を重視
4.現代の戦争とテロに対してアジアと日本の平和を実現する理念として、
憲法の理念を重視、再評価
6 学ぶべき諸点と課題
(1)平和運動こそが、日本の軍事化に歯止めをかけるだけでなく、
対抗構想を生み発展させてきた原動力
(2)運動の主体間での共同の成立あるいは追求が行なわれているときに、
対抗構想は具体化、発展した
(3)憲法が戦後日本の平和構想の原点であり論点であり続けた
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平和構想学習会 第4回 参考文献用付属レジュメ
於:くらし支える相談センター 2018年3月12日
柳澤協二「米朝戦争の危機と日本の針路」
(『世界』2018年2月号所収)より
*本論文を読む狙い*
抑止力論を検討しながら、戦争が勃発する原因・状況を論理的に詰め、結論として、平和とは何かを明らかにする。「解決策は対話しかない」に至る中身を捉える。
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日本人が怯える戦争の不安
戦後70年、日本人が初めて戦争の不安を実感して、「生殺し」の閉塞感から解放されたい心情が募っている
→最も必要なのは、恐れることでなく実態を知ること
不安から「北朝鮮をやっつけてしまえ」という単純な結論
=戦争すること しかしこちらもやられる 戦争の不安の解決にならない
日本政府:抑止力で戦争を起こさせない方針
アメリカとの政治的・軍事的一体化で圧力強化
万一の戦争に備えて、ミサイル防衛体制の増強
敵基地攻撃能力を持った新たな巡航ミサイルの導入
北朝鮮は日本に到達する核ミサイルを持つ(1998:テポドン発射、2006:核実験開始)
「力」には「力」という発想で対抗すれば
相互作用の繰り返しでミサイルの恐怖は除去されない 日本人の戦争への不安は続く
抑止力は安全を保障するか?
報復の抑止力の考え方
「北朝鮮がミサイルを発射した場合、(アメリカと共にミサイル防衛を行うが)、万一撃ち漏らした場合に報復するのはアメリカである。それを確実なものと相手が認識しなければ、冒険主義に走るおそれがある」(2017.2.14 衆議院予算委員会、安倍首相答弁)。
→ミサイル防衛の迎撃が万全ではないことを前提に、ミサイルが日本に着弾すればアメリカが報復して北朝鮮が滅亡するから、アメリカの報復が確実だと認識する限り、北朝鮮が日本を攻撃することはない、という論理。
この論理が成り立つ条件 1.アメリカが報復する意志があること
2.北朝鮮がそれを恐れて攻撃しないと判断すること
現状ではこれらは確からしいが、日本以外の当事者の意志だから、ゆらぎがありえる
・アメリカの報復の意志 同盟国が攻撃されて黙っているわけにはいかない「はず」
しかし北朝鮮が滅亡する規模までするかは状況次第
北朝鮮がアメリカに到達する核を持てば、自国の被害を甘受してまで
日本のために報復するか?
・北朝鮮の意志 アメリカの攻撃に耐えられると判断するかもしれない
アメリカの軍事圧力に恐怖を感じるが故に先制攻撃しないとやられる、
と思うかもしれない
→アメリカの報復が抑止力であるという発想は論理的に常に成り立つわけではない
戦争は誤算によって始まり、反撃は過剰になる
そもそも「ミサイルを撃ち漏らした場合」、アメリカの報復で戦争に勝っても、
日本にとって意味があるのか
ミサイルからの安全とは何か?
弾道ミサイルを100%迎撃することは不可能
そこで、発射される前に破壊するという発想:敵基地攻撃能力
→全部破壊はできないので、残ったミサイルの報復を受ける
日本が敵基地攻撃能力を持てば、周辺国は基地だけでなく都市攻撃への脅威を感じる
その結果、相手はアメリカだけでなく日本を攻撃対象にする動機を持つ
日本の安全保障環境をいっそう悪化させる
日本の二つの選択肢
1.ミサイルが飛んできても戦争に勝つ
それによって相手の戦争の意図を挫く抑止力を高める
→ミサイルの着弾を覚悟する必要 戦勝の戦略であって、安全の戦略ではない
2.ミサイルが飛んでこないようにすることを最優先課題とする
相手がミサイルを撃つ動機をなくす
北朝鮮がミサイルを撃つ動機 日朝間ではなく、米朝間にある 在日米軍基地の存在
→北朝鮮が抱くアメリカへの恐怖を緩和することが、ミサイル攻撃の動機を減らす
戦勝の戦略ではなく、妥協の戦略
→北朝鮮の言い分を聞く覚悟 アメリカの戦略との違いを調整する必要
日本の政策決定者の同意は得られない
しかし日本でのミサイルの恐怖の本質は日朝間ではなく米朝間にあるのだから
ミサイルからの安全においては、困難でもこれが戦略的検討課題
抑止=戦勝の戦略によってはミサイルからの安全は保証されない
(被害ゼロが前提ではない)
仮にこの戦略でミサイル攻撃を防ぐことができたとしても、
相手の戦争の動機を防ぐことにならない
したがって抑止の確からしさの計算は誤算によって破綻する危険を絶えず内包している
結論:この戦略の欠陥は放置できない
相手がミサイルを撃つ動機をなくす「妥協の戦略」が求められる
アメリカは戦争するか
アメリカを中心にした経済制裁と軍事圧力にもかかわらず
北朝鮮の核・ミサイル開発は止まらない
アメリカの軍事圧力 空母機動部隊を日本海に出して演習
平壌を空爆可能なB1爆撃機を飛ばし、核搭載可能なB52爆撃機を使った演習を実施
→「このまま核・ミサイル開発を続ければいつでも戦争する」という恫喝
北朝鮮は戦争の脅しが強まるほどアメリカ本土に届く核ミサイルが必要と思っている
これまでのところ、軍事的圧力は逆効果
「抑止は、一般に相手に戦争の意志がある場合にそれを止めるという意味で消極的な目標を持っている。他方、今回アメリカが行った一連の軍事行動は、戦争の脅威によって相手の意志を変更させるという積極的な効果を狙っているので、抑止というより恫喝外交と言うべきものだ …中略…
北朝鮮の意志は、戦争によってアメリカや日本の意志を変えさせようということではなく、自分が核とミサイル能力を持つという消極的なものにすぎない。戦争でも外交でも、相手の意志を変える目標を持つ側が、積極的に行動することを迫られる。相手は、ただ自分の目標を守るだけでよい。こういう争いは容易に勝てないものだ」(47・48ページ)。
相手の意志を変える方法→強制と妥協 強制の究極の姿が戦争
「戦争の確からしさ」求めて、「核施設への限定攻撃」あるいは暗殺目的の「斬首作戦」
しかし戦争とは錯誤が多い行為 思い通りの結果を得ることは難しい
戦争を決意する三つの条件
1.勝つ見込みがあること → クリア
2.こちらの損害が受け入れ可能な範囲にとどまること これは難しい
→ 日韓在住の米人の問題、同盟国の問題「ソウルが火の海に」「日本の原発が危ない」
3.戦後、核を放棄した安定的な秩序が成立する見通しが立つ これも難しい
→ 北朝鮮は混とんとした状況に 戦争の困難さは「勝って終わり」ではない
⇒アメリカは戦争できない できないから恫喝は成功しない
にもかかわらず軍事圧力をかけ続けている 効かなければエスカレート
米朝をめぐる偶発的戦争の危険が内在
北朝鮮核問題の解決とは何か?
残された道は妥協しかない
北朝鮮の核保有を合法化する選択肢はないとしても
核放棄を交渉の前提とするなら交渉が成立しない
それは交渉の最終目標として扱わざるを得ない
2017年 圧力と反発の応酬の年
2018年 妥協と、新たな核放棄への長期的な展望を模索する年となることが期待される
米朝対立の根源 朝鮮戦争の戦争状態が未だ解消していないこと
戦争状態の解消に向けた和解を通じて北朝鮮が核を持つ動機をなくす以外に解決はない
日本の針路をめぐって
脅威=能力×意志
能力(核ミサイル)を止められないなら、とるべき方法は、より強い能力を持って威嚇すること(抑止力)ではなく、攻撃の動機をなくすこと
従来の発想
意志は変わりやすいから、構築に時間がかかる能力に着目して防衛力を整備する
能力への対応は限界がある 能力のギャップをカバーするのは本来、政治・外交だが、
今日の日本はもっぱらアメリカの軍事力に頼る
→アメリカの能力に疑いはないが、意志は可変→永遠に終わらない不安の根源
抑止力=能力×意志
意志の根源にある戦争の動機にアプローチする手法=妥協の戦略
「何を妥協するか」こそ、政治・外交の舞台
平和の意味を考え直す どちらが平和か
(1)国家間の対立→国は抑止を求める
相手との相互作用によって終わりの見えない力比べのプロセス
(2)国家間の対立をなくすことによって戦争の恐怖から解放される
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朝鮮半島蔑視が日本人を不幸にする
20018年2月26日
刑部泰伸
ヘイトスピーチをあからさまに支持するような人はさすがにごく少数でしょうが、残念ながら日本社会においては未だに韓国・北朝鮮とそこに暮らす人々を日本(人)より下に見るような(潜在)意識があるのではないでしょうか。それが、空気のようにある対米従属意識とあいまって、日本人の政治意識を遅らせ、戦後最悪の安倍政権を支える一因となっているように思います。北朝鮮の核・ミサイル問題で、安倍政権が対話拒否を貫き、それのみならずトランプ政権を強硬姿勢へと煽っており、そんな姿勢でありながら、メディアで強い批判も受けずにいるという異常事態がありますが、それを支えているのが朝鮮半島蔑視の意識ではないかと思います。メディアが朝鮮半島蔑視をさまざまに煽っていることがこの世論をつくりだしている点も見ておく必要がありますが。
そうした意識の根底にあるのが、歴史への無反省でしょう。日本の支配層が侵略戦争と植民地支配をいまだに十分に反省しておらず、日本人の多くが、教育やメディア支配を通じてその影響下にあります。日本軍慰安婦問題で安倍政権がやったのは、被害者を置き去りにしてとにかく口先だけのお詫びを発して金を払い、もうこれで決着として、後は一切文句を言うな、という「解決」です。ただただ終わりにしたいという思惑だけがぎらついて、そこに一切の誠意がないので、被害者は納得できません。日本の世論はおおむねこういう政府の姿勢を容認しています。慰安婦問題に限らず、アジアでの歴史問題については、右翼的言説にあからさまに同調することは少ないにしても、「いつまで言われ続けなければならないのか」という開き直りに近い心情が大勢です。世論に真摯な反省が弱いために、右翼的政治家の失言が後を絶たず、彼らがのうのうとのさばっている現状にアジア諸国からの批判がなくならない原因があります。
北朝鮮蔑視では、政権と人民とが区別されていません。北朝鮮は暴虐な独裁政権だからといって、それに支配される人民も同様に蔑視するのは誤りです。彼らは、将来、いや今からでも、経済・文化交流を通じて豊かな東アジア地域をともにつくり上げていくべき仲間です。日朝国交正常化を通じて、政権の変化を徐々に促していくという道を探るべきでしょう。日本経済にとって北朝鮮市場が開かれることは大きなチャンスであり、文化交流による友好の醸成は平和に大いに貢献することは間違いありません。北朝鮮人民に対する蔑視は、そうした想像力が発揮されるのを邪魔しており、それはせっかく開かれる可能性を持った東アジアの未来を閉ざす心情です。
北朝鮮蔑視では、ただ単に北朝鮮の政権を軽蔑するだけでなく、その外交上のしたたかさを強調することもよくあります。それは対象をバカにするだけでなくあたかも冷静に見ているかのような印象を与えます。しかしそこには腹黒い狙いがあると見るべきでしょう。
安倍政権のみならず、メディアでも北朝鮮との対話拒否論が大勢になっています。ここには一つには、戦前における軍拡と侵略への同調に似て、勇ましいことを言う方が受ける、というメディアの浅薄な姿勢があります。それだけではありません。「北朝鮮の微笑み外交」などと揶揄し、核・ミサイル開発の時間稼ぎに、日韓あるいは米韓の離間を狙っているのだから、それに乗ってはいけないと、北朝鮮外交のしたたかさに対する警戒を小賢しく主張しています。政府とメディアが一体となったこの状況をどう見るか。
これが日米あるいは米韓の軍事同盟絶対視から出ている、という点はここでは問わないにしても、不思議なのは、いつもあれだけ北朝鮮をバカにしながら、外交上の振る舞いについては「敵ながらあっぱれ」とでも言わんばかりに持ち上げて、警戒に値すると評価していることです。「児戯に等しい北朝鮮の独裁政権に対して、自分たち民主主義の政権は成熟した大人の外交をできる」という自負があるならば、「微笑み外交」を仕掛けてきた北朝鮮に対して逆手に取って非核の方向に導く外交へと引きずり込むべきではないのか。
もちろん日本外交にそんな能力も意志もありません。能力がないのは、対米従属で自分の頭で考えることができないからだし、意志がないのは、暴虐で危険な北朝鮮政権が存在することを自らの利益とするのが現政権だからです。日本自身の軍拡だけでなく武器輸出もして軍需産業を潤すことができ、政治献金へのお返しができるというものです。北朝鮮の脅威を煽ることは念願の改憲の必要条件でもあります。北朝鮮との対話を拒否する真の理由はそのあたりにありそうですが、それを隠すために、「北朝鮮のしたたかな外交にだまされないように、今はひたすら圧力だけ、対話のための対話は意味がない」と言い続けています。
その延長線上にあるのは、トランプ政権のすべての選択肢を支持する、として米国の先制攻撃も容認し、はては自国についても、専守防衛は難しく、自衛のためには先制攻撃する方が容易だ、という意味のとんでもない安倍発言です。ある憲法学者が、これは日本国憲法違反どころか、国連憲章違反の暴言だと言っています。なぜこんな重大発言が見逃されているのでしょうか。本当なら即刻クビでしょう。
退任した外交官や官僚の中には、日・米と北朝鮮との対話の必要性を説いている人もいます。だから現役の人たちにしてもみんなが間違っているとか、ましてや無能というわけではないでしょう。度し難い政権の姿勢がすべての悪事の原因ですし、それを支えている経団連などの支配層に責任があります。
メディアでの韓国、特に文在寅(ムンジェイン)政権への蔑視は目に余ります。安倍政権といっしょになって、北朝鮮に取り込まれるな、とエラそうに説教しています。戦後最悪の安倍政権を支えている日本のメディアが、(反動的な朴政権を民衆が倒して登場し、)少なくとも安倍政権よりはずっと進歩的な文政権をバカにするというのは笑止千万。
彼らは、日本にとっては韓国が保守政権であるのがよく、進歩的政権は不都合だと見ていますが、それは日本人民の立場ではなく支配層の立場に立っているからです。慰安婦問題にしても、結局「日本の沽券にかかわる」という体の報道姿勢でいいのでしょうか。日韓どちらであろうとも、慰安婦問題にまじめに取り組まない政府の下にいる人民は不幸であり、それにまじめに取り組む政府の下にいる人民は幸せなのではないでしょうか。「国益」なるものの中には支配層の利益に過ぎないものがあることに注意すべきです。社会進歩の見地から見た普遍的な利益に照らして「国益」の性質を判断する必要があります。多くの人民がナショナリズムに囚われて社会進歩の利益を見失っているのが、日本の現実です。
平昌(ピョンチャン)五輪では、日本のメダル獲得についてのナショナリズム的な報道が圧倒的に多かったです。しかし小平奈緒・李相花(イサンファ)両選手の友情物語など、国境と勝敗を超えた交流も伝えられました。それはスポーツを通じて人間の普遍性・共同性を描くものであり、これが平和の祭典と言われる五輪の目指す姿です。そうした中でも、ひたすら韓国と北朝鮮を揶揄の対象としか見ない一部の日本人の存在は本当に恥ずかしい限りです。こういう「愛国者」が日本人を不幸にしています。