平和構想学習会のレジュメ集です |
平和構想学習会 第4回 付属資料 2018年3月12日
於:くらし支える相談センター
テキスト 渡辺治・福祉国家構想研究会編 シリーズ新福祉国家構想D
『日米安保と戦争法に代わる選択肢 憲法を実現する平和の構想』(大月書店、2016年)
第5章 憲法研究者の平和構想の展開と変貌(清水雅彦)
1 戦争法反対運動のなかでの憲法研究者
(1)憲法研究者が果たした役割
2015.6.4 衆議院憲法審査会
参考人 長谷部恭男(自民党推薦)、小林節(民主党推薦)、笹田栄司(維新の会推薦)
全員が戦争法を違憲とした 「潮目が変わった」
その後、戦争法反対の憲法研究者の声明がマスコミでも取り上げられるようになった
論文執筆だけでなく、集会等でも意見発表するなど行動へ
憲法研究者へのマスコミのアンケート調査 9割が戦争法を違憲とする状況が可視化
→世論の変化を生む 「今回の法案はどうもおかしい」
(2)戦争法反対論における憲法研究者の状況
世論の多数:安保・自衛隊は違憲だと考えない
共産党・社民党も選挙で安保廃棄・自衛隊解消を正面から主張しない
憲法研究者は特殊状況
戦争法だけでなく、安保・自衛隊を違憲とする研究者が多い
ただし合憲派も増えてきた 「潮目が変わった」憲法審査会の3人の参考人は合憲派
憲法研究者の声明は9条解釈に深入りしなかったので、合憲派も含めて多数が賛同した。
戦後日本の平和運動は安保・自衛隊違憲と捉えて展開された
憲法研究者もその立場で護憲運動、自衛隊違憲訴訟に参加し、9条の実現を求めた
解釈の本流は、安保・自衛隊違憲論であり、「武力によらない平和」を目指す立場
2 平和構想を導いた憲法研究者の解釈
(1)憲法制定の背景と平和主義の構造
大日本帝国憲法下でのアジア侵略戦争を反省し、前文で平和に関する基本原則を確認し、9条で平和に向けての目的と手段を示している
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日本国憲法前文 第二段落
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
A 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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(2)憲法の平和主義の解釈
自衛権
自衛権留保説(多数説)
個人の正当防衛権と同様に、国家にも自己保存のために国家固有の自衛権の保持が
保障されている
武力なき自衛権説 外交交渉による侵害の回避・警察力による排除、
群民蜂起による抵抗
自衛権放棄説
自衛権を保持するが行使しないは無意味 武力なき自衛権の具体例は自衛権として不適
生身の個人と人為的契約により作られる国家とを区別
自衛権を保持するか否かは契約により、国家固有のものではない
戦争の放棄(9条1項)
限定放棄説(多数説)
9条では侵略戦争を放棄したと解釈 不戦条約(1928年)の解釈をそのまま当てはめる 不戦条約は自衛権行使まで放棄していない
全面放棄説
自衛戦争と侵略戦争の区別は難しい 日本は先の戦争の反省で一切の戦争を放棄すべき
多数説では1項で自衛戦争を放棄せず、2項で自衛のための軍隊も放棄したと捉えるが、
その解釈は無意味 平和主義を徹底させ1項で自衛戦争も放棄したと解釈すべき
戦力の不保持(9条2項)
2項の「前項の目的」の解釈
○1項の「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」にかけて、戦力の放棄は限定的で、自衛のための戦力の保持は許される(甲説)
(刑部コメント 246ページ8行目の「全面放棄説」は「限定放棄説」ではないか)
○「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求(する)」か1項全体を指すと解釈し、自衛のための戦力の保持も許されない(乙説:多数説)
乙説に立って、国連の安全保障が日本にとって現実的であり、日本に指揮権がない駐留軍は日本の戦力でないから違憲ではないとする見解がある(横田喜三郎『自衛権』1951)
国連による安全保障が完成するまで過渡的措置として外国軍の駐留は違憲ではない
(宮沢俊義著・芦部信喜補訂『全訂日本国憲法』1978)
安保条約は国連憲章52条の地域的取極に準ずる(法学協会編『注解日本国憲法上巻』1957)
→平和主義を徹底すればこういう解釈は疑問
(刑部コメント 安保条約に基づく米軍駐留は、仮想敵国を持ち、国連の集団安全保障とは違っており、たとえ条文上に国連の文言があっても、枕言葉に過ぎず、これらは白を黒と言いくるめる見解だろう)
◎以上の学説状況に対して、政府の9条解釈は独特
条文の「戦力」を「自衛のための必要最小限の実力を越えるもの」と捉える
∴現行の自衛隊を「自衛のための必要最小限の実力」と解釈し、自衛隊は合憲
平和的生存権(前文二段)
恐怖から免れる権利:自由権 欠乏から免れる権利:社会権
自由権も社会権も平和が保障されて初めて全面的に享受できる
平和の問題を「権利」としたことは画期的
「政策」:戦争をするかしないかは多数決原理に基づく民主的決定の問題となる
「権利」:少数派の平和のうちに生存する権利を安易に多数決で奪ってはならない
改正限界説(多数説)の立場からは、平和の問題が「権利」に至らないとしても、
日本国憲法下では安易に平和主義に変更を加えてはならない
憲法上、平和的生存権を認めるか否かで積極説と消極説がある
積極説においては根拠条文のいくつかの学説があるが、いずれも裁判規範性を認める
@前文、A9条、B前文・9条、C前文・9条・第3章(国民の権利及び義務)全体
→場合によっては世界の貧困問題に対処しないことまで平和的生存権の侵害と捉えられる
裁判闘争においても平和的生存権の内容の具体化が必要
しかし日本政府は国連で、アメリカ・EUとともに、平和への権利宣言に反対
国際的な平和への権利確立運動と連携した平和主義の理論づくりが求められる
(3)憲法の平和主義の意義
戦争違法化の歴史のなかで
日本国憲法の平和主義は異端ではなく、世界の流れから導き出されてきた
中世:正戦論 19世紀欧米の植民地獲得:無差別戦争観
第一次世界大戦:無差別戦争観の否定、侵略戦争の制限(1919国際連盟規約)
侵略戦争の放棄(1928不戦条約)
自衛権行使の制限:1945国連憲章 そのさらに先は「自衛戦争の放棄」
まとめると
正戦論・無差別戦争観→侵略戦争の制限→侵略戦争の放棄→
「自衛戦争」の制限→「自衛戦争」の放棄
戦争の方法についての規制
1949年 ジュネーブ諸条約 戦時における文民・捕虜の保護
1972年 生物兵器禁止条約 1993年 化学兵器禁止条約
1997年 地雷禁止条約 2008年 クラスター爆弾禁止条約
(2017年 核兵禁止条約が国連で採択…刑部追加)
⇒軍隊そのものへの規制も不可能ではない
国民の非武装化と警察への武器保有の一元化のように
各国の軍隊の保持規制と国連軍への軍隊の一元化は不可能ではない
さらには一切の軍保有の禁止へ
日本国憲法の下で、国連軍による平和構築を容認するか否かという問題はあるが、
自国の軍隊の放棄という点で世界の多数派の一歩先を行く憲法
1999年 ハーグ世界市民平和会議
行動目標において、日本国憲法9条のような戦争禁止決議を各国が採択すべき
すでに軍隊のない国は27もある
国連憲章との比較から
国連憲章:「自衛戦争」の制限という段階に位置づけられる
憲章51条:個別的自衛権と集団的自衛権を認める
憲章42条:集団的安全保障の規定 国連軍による行動
「国際貢献」論や集団的自衛権行使容認による自衛隊の海外派兵は
平和主義の理念において戦争法違法化の最先端に位置づけられる日本のレベルダウン
二つの平和主義
9条の平和主義:消極的平和
前文:積極的平和=「構造的暴力」(貧困・飢餓・抑圧・疎外・差別など)のない状態
政府には、世界の南北問題の解消をも視野に入れた非軍事的な平和政策が求められる
3 憲法研究者の平和構想の内容と検討
日本国憲法:世界最先端の平和主義 ⇔ 現実の政治:理念に逆行
∴憲法研究者の主張:政府・自民党の政治批判が中心で、
憲法の平和主義に基づく法律・政策への具体的提言が少なかった
そうした中で、1980年代後半以降から、深瀬忠一を中心とする憲法研究者の具体的で本格的な平和構想が提出され、以下の3冊が出版された
1.和田英夫・小林直樹・深瀬忠一・古川純編 『平和憲法の創造的展開――「総合的平和保障の憲法学的研究』学陽書房、1987年 2. 深瀬忠一・杉原泰雄・樋口陽一・浦田賢治編 『恒久世界平和のために――日本国憲法からの提言』勁草書房、1998年 3. 深瀬忠一・上田勝美・稲正樹・水島朝穂編 『平和憲法の確保と新生』北海道大学出版会、2008年 |
テキストでは、平和外交の徹底、自衛隊や安保条約の改編過程などを中心に
下記の項目に従って詳細に検討される
(1)「総合的平和保障基本法試案」の提示――『平和憲法の創造的展開』
…略…
(2)冷戦後の「国際貢献」論に対して――『恒久世界平和のために』
…略…
(3)9.11後の対米追随を脱するために――『平和憲法の確保と新生』
…略…
(4)『平和憲法の創造的展開』の意義――「総合的平和保障基本法試案」を中心に
「基本法試案」では、かなり具体的かつ詳細に規定
共同研究の成果としての政策提言として重要な成果
冷戦下、レーガン・中曽根政権期の危機感が高まった時に
少しでも状況を改善したい、と提起 個別論文でも以下の点が今後も参考に
非軍事の国際協力、永世中立構想、安保条約の廃棄と日米友好条約の締結、
東アジア・太平洋地域の非核・平和地帯構想、平和的生存権の国際化、世界連邦構想
問題点
福田赳夫首相・鈴木善幸首相への過大評価 労働運動・市民運動より政治家の評価が高い
国連活用論は必要だが、批判的視点が欠如 PKOの変質・失敗を看過 国連信仰に基づく
→冷戦後、アメリカの一人勝ちで国連が止められなかったイラク戦争、それに協力する自民党政権の状況などを受けて出版された『恒久世界平和のために』『平和憲法の確保と新生』では国連・PKOに期待した具体的提案はなくなる
自衛隊の改編での警察と海上保安庁の強化では
「軍事と治安の融合化」現象への慎重な姿勢が必要
(5)検討すべきその他の憲法研究者の平和構想
…略…
(6)憲法研究者の平和構想の評価と今後の課題
安保・自衛隊についての具体的改編論の展開は画期的
しかし続行する自民党政権と世論動向、憲法学界での世代交代により
徐々に憲法研究者が正面から安保・自衛隊違憲論を主張しなくなった
→批判の軸は平和主義から立憲主義へ
憲法がある限り、憲法研究者は安保・自衛隊違憲論を積極的に展開し、
自民党の構想に対抗する憲法に基づく平和構想を提起すべき
刑部コメント
世代交代した憲法研究者の一人は以下のような粗雑な自衛隊違憲論批判を展開している
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安倍晋三首相が自衛隊明記改憲を提案したことで、9条論議は活発化した。しかし、そこで持論を披瀝(ひれき)開陳する人の多くが、政府解釈や憲法体系を全く理解していないのは驚きだ。現在の憲法を理解しない人々が、その改正を語れるはずはない。
まず、政府解釈を確認しよう。確かに、憲法9条の文言は、「国際関係における武力行使を一切禁じている」ように見える。しかし、他方で、憲法13条は、国民の生命や自由を国政の上で最大限尊重しなければならない旨を定める。政府は、強盗やテロリストのみならず、外国の侵略からも国民の生命等を保護する義務を負う。この義務は、国家の第一の存在意義とでもいうべきもので、政府はこれを放棄できない。そこで政府は、外国からの武力攻撃があった場合に、防衛のための必要最小限度の実力行使は「9条の下で認められる例外的な武力行使」だとしてきた。
こうした政府解釈を「欺瞞(ぎまん)」と批判する見解もある。しかし、その見解は、「外国による侵略で国民の生命・自由が奪われるのを放置することも、憲法13条に反しない」との前提に立つことになる。こちらの方がよほど無理筋だ。さらに、仮に自衛隊が本当に違憲だとすれば、今すぐに自衛隊を解体しなければならないはずだが、自衛隊の即時解体までは主張しない。それこそが欺瞞でなくて、何であろうか。
木村草太「(あすを探る 憲法・社会)9条の持論、披露する前に」
(「朝日」2018年2月22日)
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