平和構想学習会のレジュメ集です |
平和構想学習会 第5回 2018年4月21日
於:くらし支える相談センター
テキスト 渡辺治・福祉国家構想研究会編 シリーズ新福祉国家構想D
『日米安保と戦争法に代わる選択肢 憲法を実現する平和の構想』(大月書店、2016年)
第6章 「リベラル」派との共同のために その外交・安保構想の批判的検討(梶原渉)
1 本章のねらいと背景
戦争法の強行など、安倍政権の軍事大国化には反対するが、日米安保条約や自衛隊を容認する論者(「リベラル」派)の外交・安保構想を批判的に検討する
検討が必要な理由
1.第二次安倍政権発足以後、「リベラル」派の構想が多く出されている→要批評
代表例:『シリーズ日本の安全保障』(全8巻、岩波書店、2014・15年)
以下、岩波シリーズと表記
→安倍政権を「保守」、民主党政権を「リベラル」と規定
2.「リベラル」派の戦争法廃止運動への参加 運動への少なくない影響
・運動を広げる役割
・日米安保・自衛隊の是非をめぐって運動が分裂したり、日米同盟一色になる危険性
→戦争法廃止への障害
3.「リベラル」派との共同は長期に持続する可能性あり→共同のあり方を洗練させる必要
・戦争法廃止にはかなり時間と政治力が要る 周辺課題への直面
e.g. 北朝鮮・中国の脅威 戦争法発動によるテロ発生
・その後の平和課題をめぐっても長期に共同の可能性
・「リベラル」派を支持する良心的保守層との連携←構造改革による地域の疲弊
TPP反対・地場産業保護→新福祉国家構想における地域政策と重なる
2 「リベラル」派の外交・安保構想の歴史的展開
2000年代初頭 冷戦後、軍事大国化に対抗する独自の外交・安保構想を持って「リベラル」派台頭
背景に三つの要因
1.日米安保再定義によって、自衛隊による海外での対米軍事協力の仕組みできる
冷戦期の小国主義的慣行が、軍事大国化とは別の選択肢になり得る
2.財界・アメリカなど支配層からの軍事的要求の高まり
←1997年 ガイドライン、周辺事態法成立を画期に
小泉政権によるイラク戦争支持 良心的保守層の離反
←構造改革による地域経済の疲弊
3.アメリカのヘッジファンドなどによる1997年のアジア通貨危機の影響
「リベラル」派 東アジア共同体構想を選択肢に
(1)第一期:日米安保のグローバル化への反発――寺島実郎
第一期:日米安保再定義の完成、日米米安保のグローバル化からイラク戦争まで
1995年
沖縄米海兵隊少女暴行事件、普天間基地撤去・返還の運動
日米政府により基地移設にすり替えられる
寺島実郎の外交・安保構想
前提認識 独立国に外国軍が駐留するのは異常
アメリカはその国益の範囲内だけでしか日本を守らないという「常識」を踏まえる
1.在日米軍なき日米軍事協力
アメリカも入ったアジア多国間安保機構の構築 在日米軍基地の段階的縮小
→アジアにおける力の空白ができるのを避けつつ米軍の撤退を実現
2.米国との協力を軍事だけでなく経済的に深める
金融肥大化批判 実体経済の果実を得るにはアジア太平洋地域が重要
そのために日米経済協力が必要→日米自由貿易協定(FTA)
自衛隊の海外派兵に抑制的 米国はもちろん、国連PKOにも批判的
イラク派兵に対して、別組織による人道援助を提案
(2)第二期:自衛隊海外派兵本格化への反発――伊勢崎賢治
第二期:自衛隊のイラク派兵以降、民主党政権が成立する間
海外で武力不行使という既存の9条政府解釈の限界→明文改憲の機運
自民・民主の改憲構想(2005年) ⇔ 9条の会発足(2004年)
伊勢崎賢治 イラク派兵反対、9条を守る
シエラレオネ・東チモール・アフガニスタンで平和構築・武装解除の経験
護憲派も改憲派も紛争地の実態を理解していない 9条の解釈論・規範論は無意味
9条擁護の理由 日本は平和国家という「美しい誤解」に9条の効用を見出す
→「誤解」活かして、非武装の自衛隊員を紛争地の武装解除に監視要因として派遣
(3)第三期:民主党政権への期待――戦争法廃止運動における「リベラル」派結集の
準備段階
第三期:民主党政権期
鳩山政権 辺野古新基地建設中止 東アジア共同体構想 しかし退陣
→「リベラル」派と親和性
菅政権・野田政権 日米同盟基軸に戻る 尖閣諸島国有化などで日中関係悪化
第三期の論潮 1.元高級官僚(孫崎享、柳澤協二など)
2.国際政治学者(遠藤誠治など、後に岩波シリーズ編集)
→後に戦争法反対運動の一翼に 第四期の準備
孫崎享の外交・安保構想 対米従属を徹底的に問題視
2005年「日米同盟:未来のための変革と再編」 日米安保条約が実質的に変わった
極東から世界へ 国連重視から日米戦略重視へ
1. アメリカの世界戦略に追随しない
自衛隊の海外派兵反対、集団的自衛権容認の改憲反対、TPP不参加
2.グローバル化がもたらす経済相互依存関係による善隣関係構築
日中経済関係の利益を中国に認識させれば抑止力になる 尖閣問題は棚上げ
東アジア共同体もこの観点で追求
(4)第四期:安倍政権の暴走への反発――「リベラル」派の組織的活動
第四期:第二次安倍政権発足後、現在まで
安倍政権による軍事大国化に対抗して「リベラル」派が層として運動に参加
立憲デモクラシーの会(2014.4.18発足)、国民安保法制懇(2014.5.28発足)
自衛隊を活かす会(2014.6.7発足)
柳澤協二および「自衛隊を活かす会」
専守防衛の復活
冷戦期:懲罰的抑止力→反撃で敵を破壊しつくす
冷戦後:拒否的抑止力→敵の攻撃を押しとどめ敵の望みを阻む
専守防衛は冷戦期に拒否的抑止力の役割 今後もこれで行くべき
安倍政権は冷戦思考の時代錯誤
伊勢崎構想の拡大
地域紛争の現場で求められているもの
国際社会が協調して解決を図り、世界秩序の維持に当たる
武力によらない平和でも、大国による武力介入でもない
→日米安保に頼ってきた日本では保守も革新もこれを考えてこなかった
∴国連安保理の決定に基づく集団安全保障(国連的措置)に日本も入るべき
そのためには日本の安全・内政を安定させる必要がある
日米地位協定を対等平等なものに改定すべき
日本は国連措置に参加して、停戦後に非武装の自衛隊を派遣し、
武装解除・停戦の監視・和平合意への協力・和平後の社会構築などに徹するべき
自衛隊自身のプレゼンスは国内に
岩波シリーズ
○背景としての情勢認識
@アメリカの地位の相対的低下、中国の台頭
A日本:国家安全保障と歴史修正主義の台頭
B東日本大震災と原発事故が示したリスク
C冷戦終了後のテロや大量破壊兵器の拡散など新たな脅威の蓄積
○構想
安全保障は他国を脅す脅威だけでは実現できない
他国に対する安心供与(自国は悪いことをしない)をともなうべき
安全保障は国家だけでなく人間中心に
東アジアでは、日本は平和国家としてのあり方を安心供与策として活用しつつ
アメリカと協調して安定した秩序をつくるべき
グローバルな諸課題に対して多主体による協力を推進し、人間中心の安全保障を実現
○特徴
1.思想横断的 「リベラル」派、現実主義派、日米同盟基軸派
2.安全保障の分野全般を扱う
3.日米安保廃棄、自衛隊の縮小・解散という「武力によらない平和」の観点ほとんどなし
(5)小括
1. 日米安保・自衛隊を認めるが、9条は守るべき、という国民意識と調和し、軍事大国化に反対する運動・世論の広がりに貢献
2. 「武力によらない平和」の選択肢を排除 この点では軍事大国化路線と共通
運動をそちらに誘導する可能性を持つ
3. 現状維持志向を強く持っている
4. 軍事大国化の進展に従い、安全保障について非常に包括的に論じる
3 「リベラル」派の情勢認識
(1)東西冷戦終焉を契機とする安全保障の変貌
冷戦終結により、安全保障の主体と客体、対処すべき脅威が大きく変わった
冷戦期の安全保障の目的:米ソ二国間の核戦争を防ぐ その手段:軍事同盟
冷戦後 グローバル化による経済的相互依存関係→国家同士の戦争は減る
地域紛争が頻発 世界に波及 大量破壊兵器のテロリストなどへの拡散の脅威
新たな脅威(非伝統的脅威) 貧困・感染症・地球温暖化・大規模災害・越境犯罪
→非軍事的手段での対処 国際機関・NGOなど多くの主体と協力
⇒安全保障のあり方の変化
「国家が国家の安全を軍事的手段によって守る」
→「国家が人間の安全を、軍事・非軍事のあらゆる手段で守る」
(2)戦後日本の外交・安保政策の肯定評価
第二次安倍政権以降の外交・安全保障政策を批判
∵ 歴代保守政権の小国主義的慣行を破壊するから
小国主義的な外交防衛のあり方、専守防衛を肯定的に評価
理由
1.9条の存在によって、自衛隊が肥大化せず他国の脅威にならず
アメリカの軍事分担要求を拒否できた
2.米軍の存在によってソ連など他国の侵略を防げた
日本自身の軽武装に寄与、軍事大国化を抑えられた
他方、沖縄に負担が集中
(3)極東秩序維持者としてのアメリカ
日米安保体制が政権の別なく日本の安全保障の基礎をなすことを正視すべき
アメリカの東アジア政策が現状維持的なものである以上、アメリカと協調すべき
(4)脅威やリスクとしての中国
孫崎・柳澤
経済的相互依存関係の強化で、日中間・米中間で大規模な戦争は起こらない
領土をめぐる小規模な戦闘の可能性はあるが、
紛争の平和的解決の制度を構築すれば対処可能
岩波シリーズ
中国脅威論に立つ 安全保障上の脅威・リスクだけでなく
グローバル化の進展による非伝統的脅威もある
(5)安倍政権異常論
戦後保ってきた専守防衛・平和国家のあり方への破壊
非伝統的脅威への対応が不十分 古い思考で国家主義的な安全保障政策をとる
4 「リベラル」派の外交・安保構想の特徴
(1)日米安保条約の将来構想
沖縄を中心とする米軍基地縮小
在沖縄アメリカ海兵隊撤退論→具体性ない
沖縄自立・独立論→日米安保体制ではなく、本土の負担押しつけが問題という視点
アジア・太平洋への前方展開の最大の拠点・嘉手納空軍基地の撤去を言わない
核兵器の将来
冷戦後は大量破壊兵器の拡散が問題だとしているので、核軍縮の占める位置が低い
「リベラル」派内で認識の幅
寺島は徹底した非核政策 伊勢崎・孫崎・柳澤には見られない
岩波シリーズは不拡散に焦点
(2)自衛隊の将来構想
専守防衛に戻す→冷戦期の自衛隊が専守防衛だったのか?
政府見解以上の検討がされていない 装備基準などの具体策はない
海外派遣による国際貢献
非武装自衛隊の紛争地への派遣 PKOにおける民生協力 災害救助
(3)非軍事分野の協力深化による安定した秩序の構築
東アジアの安定した秩序構築という問題意識
寺島:多国間安保機構 孫崎・鳩山:東アジア共同体構想
岩波シリーズ:
GSA(国境を超えて存在する脅威・リスク)に対して
貿易と金融・環境など多国間の機能的協力による安全保障
NSA(国家安全保障上の問題群)に対して
信頼醸成と地域安全保障枠組みづくり
→人間中心の安全保障のメカニズム形成 GSAとNSAが相互に支え合う論理の構築
周辺諸国と信頼関係をつくれていない中国に対し、
軍事的に優位に立つ日米が協力して信頼醸成に向けた戦略的抑制行動をとるべき
→中国の不安を取り除くため、一方的に軍縮などを提起
その先に、東アジアの安定した多国間安保枠組みをつくるため日中米の協力が必要
(4)構想の担い手
民進党(旧民主党)
5 「リベラル」派構想がもつ問題
「リベラル」派
冷戦期、日米安保条約と自衛隊が日本の安全と極東の安定に役割果たしたと見る
今後も安保・自衛隊と憲法9条との共存を図る
→安倍政権の軍事大国化は現状改悪なので反対
しかし彼らが肯定する現状そのものに平和と安全にとって大きな問題がある
安保・自衛隊と9条とは相反する存在
(1)情勢認識がはらむ問題
脅威の認識
大量破壊兵器の存在そのものが脅威と捉えられるべき
他国やテロリストが持つから危険なのではなく、核保有国の抑止政策そのものが問題
彼らが所与とするグローバル化の中に脅威の源泉がある
現代の戦争の背景 多国籍企業が進めてきたグローバル化がもたらす矛盾・困難
多国籍企業の本国たる先進国中心の世界秩序を前提に
外交・安全保障構想を組み立てても、それらの脅威の除去は原理的に不可能
アメリカの過小評価
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「リベラル」派はみな、日米安保条約と自衛隊のもとで、日本の安全と軽武装が保たれたことから、それらを無前提に肯定している。しかし、自衛隊はそもそも対米従属の軍隊としてつくられ、日米安保条約は日本の防衛のためではなく、アメリカのアジアへの前方展開基地を提供するべくつくられたから、彼らの構想の前提となる対米認識、日米安保認識は誤っているといわなければならない。 300ページ
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オバマ政権のリバランス政策
東アジアの安定した秩序構築を目指す、というのは一面
中国の地域的覇権を阻止する対抗(衝突の可能性をはらむ)
秩序維持のため、日本の軍事的貢献を含む同盟国の責任分担
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アメリカが国際協調を重視するのは、同国を中心とする先進国優位の安定を保つためであり、軍事同盟やアメリカが必要と判断する武力行使は前提とされているとみるべきである。日米安保体制を認める政治が日本で続くかぎり、アメリカからの軍事的要求を拒むことは困難であろう。 301ページ
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中国はなぜ脅威やリスクなのか
先進国の多国籍企業が安価な労働力と企業活動への規制の緩さを求めて
中国に進出した結果
「リベラル」派が秩序形成に役立つとするグローバル化の中に、
非伝統的脅威の根拠・誘因がある
(2)「リベラル」派構想の実効性
対米協調は日本や世界の平和と安全に貢献するか?
貢献しない
戦争法の廃止、2015年ガイドラインの撤廃は、対米協調前提では不可能
∵ アメリカからの干渉とたたかわなければならない国民的事業
e.g. 中国に対する安心供与としての核軍縮、という提案について
米中含む核保有国がグローバルな核軍縮に反対し、
日本も対米協調で事実上、従っている現実をどう見るのか
非軍事分野の協力は安定した秩序をもたらすか?
グローバル化による脅威に対して、多国間・多主体の協力する領域が増える
どこでだれがどの分野でどのように協力するかをめぐって紛争は起こり得る
グローバル化は自然にではなく、多国籍企業の求める市場秩序という枠で進んできた
多国籍企業への規制がなければ、地域で暮らす人々の生活保障はできない
民衆的観点の弱さ
構想の実効性における最大の弱点は、平和運動など役割を軽視
冷戦期において専守防衛が可能だったのは
日本政府の主体的選択の結果ではなく、
「武力によらない平和」に立脚する強力な運動の存在による
東アジアの緊張緩和のためには、東アジア諸国民衆の運動と連帯が必要
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「人間中心の安全保障」を謳うならば、さまざまな脅威やリスクにさらされ保護が必要なものとして人間をとらえるだけでなく、そうした状況を変革していく主体としても人間をとらえることが必要ではないか。平和運動などを軽視することはこの点からも望ましくない。 304ページ
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6 結論
安保廃棄派と「リベラル」派が共同することで、戦争法反対運動は大きく広がった
しかし「リベラル」派構想のみに依拠しては今後の運動はつくれない
∵ アメリカなど支配層の軍事的要求に真正面から対抗できない
戦争法廃止すら具体的展望を見出せない
日本の平和と安全の展望にとって、「武力によらない平和」の立場の勢力が
社会の一翼を占めていることの意義は大きい
安保廃棄派は安保廃棄・自衛隊解散の立場を堅持すべき
戦争法廃止以外の課題で「リベラル」派との共同は、この立場を保ったままできる
ただし平和構築の方向を徹底するには
日本の安全保障の抜本的見直しが不可避であることを共同の過程で問題提起すべき
日本国憲法が目指す「武力によらない平和」は単なる理想ではなく、
日本と世界の平和を実際的に保障する選択肢として示される必要がある
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平和構想学習会 第5回 参考記事用付属レジュメ
於:くらし支える相談センター 2018年4月21日
「朝日」2018年3月23・24日付
オピニオン&フォーラム 憲法を考える 「護憲VS改憲」を超えて 上・下
○多数決主義が国民を分断 山崎望(駒澤大学教授)……… 1-1
9条改正をめぐる議論は「神学論争」
改憲の理由として、学者が自衛隊違憲と言うからというのは、
さし迫った必要性がないということ
安全保障環境の変化への対応が必要なら、個別の法律で速やかに行えばいい
憲法の議論は情念を含み、今直面している問題の解決になるという幻想がふりまかれる
今、改憲は危険だ 民主主義の本質は議論を重ねて全員で決めること
多数決は最後の手段に過ぎない 様々な民意を束ねることの方が重要
多数決で合法的に改憲しても、社会の分断を深める民主主義の危機になる
○両極の間くみ取り議論を 松竹伸幸(ジャーナリスト・編集者)……… 1-2
改憲も護憲も目指しているものは似ている
→日本の安全は確保したいけど、海外派兵はよくない
・護憲派の改憲派への批判「戦争する国にするのか」
・改憲派の護憲派への批判「非武装中立のお花畑」 →どちらも当らない
自衛権さえ否定するような憲法論はまずい
日本の安全保障にとって、9条を維持するか変えるかどちらがいいか、から考えるべき
護憲派は専守防衛をどう確立するかを考えて、安全保障をつくり上げるべき
安倍の加憲論に対して、護憲派の安全保障の議論が後退して原理主義化したのは誤り
9条は目標としては立派
必要なのは両極化した護憲論と改憲論との間のグラデーションを反映した議論
○「まず9条」は尚早で危ない 山元一(慶應大学教授)……… 1-3
憲法学者の自衛隊違憲論に終止符を打ちたいという安倍の問題意識は理解できる
しかし自衛隊を法的に正当化させることが軍事力の強化や民主主義の弱化を
招いてはならない
9条2項(戦力不保持・交戦権否認)が戦後日本で果たしてきた役割を再確認すべき
個別的自衛権は9条の枠内という合意はある
集団的自衛権のほんの一部を認め、文民統制で規制すれば9条を合理的に改訂できる
ただし戦前日本の評価と絡む9条を国民投票で単純に賛否を問うのは難しい
まず環境権や教育無償化から始め、改憲を経験していくのが理想
国民投票を通じて人々は憲法と直面し基本的価値を議論し確認する
→改憲は国民を統合していく契機になる 改憲議論をそういう機会にできるかが重要
○国際的に不信感招くだけ 中西寛(京都大学教授)……… 1-4
9条改憲そのものには賛成だが今の改正論は疑問
政府は一貫して自衛隊合憲論だった
→学者の違憲論を理由に、政府解釈をそのまま確認する形で条文を改正するのは不合理
1・2項を残したまま自衛隊を併記するのは政治的には通りやすいが、論理的に矛盾する
国際的に問題がある 中国や韓国は強く反発するだろう
自衛隊の役割が変わってきたが、解釈変更や法整備で済み、憲法条文の改正は必要ない
従来の解釈の確認に過ぎない改正は国内的に納得されず、国際的不信を招くだけ
○自衛権の範囲 明文化して 中島岳志(東京工業大学教授)……… 1-5
安倍9条加憲には反対 ∵ 集団的自衛権を認める解釈改憲の追認だから
これは憲法の空洞化 ⇔ 自衛権の行使に歯止めをかける「立憲的改憲」が必要
日本国憲法は短い→従来は解釈で安定させ歯止めをかけてきた
現政権は解釈の体系・慣習を破り、「書いてないことはやっていい」
→憲法の短さの悪用
対抗策:不文律の明文化
集団的自衛権・国連の集団安全保障・個別的自衛権どうするか、国民的議論で明文化
民主制は暴走する 現政権は自分たちの判断が民意だと言う
立憲主義:民主的に選ばれたものも憲法によって過去からの拘束を受ける
この保守的考え方が重要
9条は平和への決意表明 それを変えることへの多くの国民の不安がある
ただし空洞化の進む9条の立憲的改憲も必要
→不安と必要性との調整をどうするか、が乗り越えるべき大きな課題
○必要な条文 自ら考えよう 東浩紀(批評家)……… 1-6
護憲対改憲のイデオロギー対立は神学論争
これを打破しようと2012年に若手の学者や官僚らと新憲法草案を作った
9条の条文の提案
「国際紛争を解決する手段としては、武力の行使は放棄する」「国の交戦権は認めない」としたうえで「自然災害と人的災害に対して」「自衛ならびに相互援助する権利を有する」として、「前条の目的を達するため、自衛隊を設立する」
→日本にとっての脅威は外国の侵略よりも地震や原発事故などの災害
それを反映し、憲法と現実の矛盾を解決した草案
これは、安倍・自民のように国家主義的で、外交・安全保障政策的に対米従属ではない
しかし憲法改正論者はみな安倍や自民といっしょくたにされる
護憲か改憲かの単純なイデオロギー対立を超えて
必要な条文を一般の人を含めて議論すべき
自ら考え議論することが民主主義の成熟になり、
憲法を政府の暴走を抑える法典にできる
→「戦力」という言葉をめぐって、神学論争や解釈変更が続くことがなくなる
【感想メモ】
おおむね保守的論調で、安倍流の本質的には急進的な(やり方は狡猾に「穏健」だが)改憲には懐疑的で、それなりに民主主義をじっくり守ろうとしているのは評価できるし、その点での個々の論点は考慮に値する
ただし全体に、「憲法を活かして現実を変革する」という護憲派の議論は一つもない
日米安保条約と自衛隊の存在は暗黙の前提(それくらい当たり前で疑うべからずの現実と観念されている)
「武力によらない平和」という発想はなく「武力による平和」だけが不動の前提
これでは憲法の精神を活かして東北アジアに段階的に平和の秩序を築くという展望が描けない
1-2 の議論では、改憲派の中でも、「対米従属下の『戦争をする国』を目指している政権や支配層」と「その真意を見抜けず平和のためになると思って支持している善意の人々」とを区別していない
そのような混同があるから、護憲派が、改憲派の議論を一方的に決めつけて、いかにも現実離れした悪意を煽っているかのように「印象操作」される
しかしこの言い方は一見説得力がある
それをどう克服して本当のことを理解してもらうかに我々の課題がある
沖縄に限らない日米軍事同盟の現実を伝えていく他ないか
1-1 と 1-6 には憲法論争に対して神学論争という揶揄がある
これは、9条の形成と解釈・論争の背景にある現実を見ず、紙の上の文字解釈・理屈操作だと思っている
そのような観念論ではなく、唯物論的見方を田中角栄から学ぶ ⇒
「法律というものは、ものすごく面白いものでしてね。生き物だ。使い方によって、変幻自在、法律を知らない人間にとっては、面白くない一行、一句、一語一語が、実は大変な意味を持っている。(中略)/それを活用するには、法律を熟知していなければならない。それも、法律学者的な知識ではなく、その一行、その一語が生まれた背後のドラマ、葛藤、熾烈な戦い、それらを知っていて、その一行・一語にこめられた意味が分かっていることが必要です」(田原総一朗『変貌する自民党の正体』ベスト新書,2016,100頁、「法律を使いこなした田中角栄」。著者が、1980年にインタビューし、「なぜ、あなたは法律を使いこなせるのか」と尋ねたところ、こういう答えが返ってきたと紹介)
これは憲法については、その生成だけでなく、解釈・論争の経過にも当てはまる
ベトナム戦争・イラク戦争など、戦後の情勢を背景として、安保体制との激しい矛盾の中にあったことを抜きに憲法について一言も語れない
憲法 できたときの情勢を考える
空想的理想ではなかった
武装解除で軍隊はない 軍事同盟に入っているわけではない
その後、憲法違反の政治が続いて既成事実が積み上げられた 日米安保条約・自衛隊
東アジアにおける安全保障環境の悪化を招いている一因は日本にもある
現実に合わないから憲法を変えるというが、現実を悪くしておいて憲法のせいにするな
憲法の精神で現実を変えるのが本筋
安保条約と対米従属の自衛隊がある
この現実を無視して抽象的に防衛を議論しても無意味
何もないところに自衛のための戦力をつくり、それに対して立憲主義を効かせる
――かのような議論をするのこそ「お花畑」
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「朝日」2018年4月4日付 投書欄
どう思いますか 憲法 みんなで考えてみませんか
問題提起 今の9条は日米安保条約があるから成り立っているのではないか
――「9条護憲に矛盾はないだろうか」(2月24日付投書)より
○自衛隊明記で紛争深入りが心配……… 2-1
主婦 府川恵美子(神奈川県 66)
問題提起の投書には考えさせられた
しかし安倍加憲では、日本は米国と共に世界の紛争に深入りしていく
憲法はあるべき姿を書くものであって、現状への対症療法に留まるものではない
○9条の議論 四つの視点で注視……… 2-2
大学教員 佐藤陽一(神奈川県 62)
問題提起は正しい 平和主義の理念と現実的な武力は表裏一体 理想と現実は矛盾する
丁寧な議論を望み、以下の点を注視する
1.米国や諸外国とのかかわりを明らかにしているか
2.自衛の名で始められ国民が辛酸をなめた戦争への反省と教訓を踏まえているか
3.危機感をいたずらに煽る議論ではないか
4.拙速な議論ではないか
○無理な解釈要する条文は改めよ……… 2-3
会社員 相田修司(新潟県 62)
改憲実現の実感がわいてきた
自衛隊について従来の極端な二つの立場
1.違憲だから存在を認めない 2.存在を認めるために無理な解釈をする
自衛権の存在を否定する国民はわずか
当り前の自衛権の行使を可能とするのにどう条文を改めるかが必要な議論
○判断に迷う改憲案は国民の迷惑……… 2-4
無職 六軒実紀男(神奈川県 58)
自衛隊は合憲だと見なし好意的印象を持つが、憲法に書き込む必要はない
よって、自民党の改憲案には迷うが反対せざるを得ない
教育についての改正案も釈然としない
改憲案は十分に練って欲しい 拙速なやり方は迷惑
【感想メモ】
この投書による討論は問題提起が核心を衝いており、論点がはっきりしている
特に改憲派の 2-3 は論理をはっきりさせている
そこに「サンフランシスコ講和条約調印後、政治がこれまでなおざりにしてきた課題を、ようやく正す機会がきた」とあるが、その「課題」は投書者が言う意味とは正反対の意味で果たされねばならなかった(のに、果たされずに来た)
→「現実」に合わせた改憲ではなく、憲法を実現すべく「現実」の変革
2-1 と 2-2 に見るように、平和を望み、できれば護憲に好意的でありたいと思っている人々の中で、憲法と安保・自衛隊との関係を正しく捉えられていないために、改憲論に反論できず、護憲平和の心情との齟齬に陥っている例が多いと思われる
「護憲は単なる感情論であり、改憲こそ冷静な議論だ」という誤解
→ このことは安倍改憲反対の保守層を含めた広範な共同においても
安保廃棄派が自己の見解を積極的に語っていくことで共同を強化する必要性を示唆
憲法と安保・自衛隊とは確かに「共存」しているが激しい矛盾の中にある
安保条約があるから9条が成り立っているように見えるのは「武力による平和」を絶対視しているから
違う道があり得るという発想からこの矛盾を打開する別の道が生まれる
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「しんぶん赤旗」2018年4月5日付
焦点・論点 シリーズ自民改憲案の危険
名古屋大学教授 愛敬浩二
日米同盟下ノー′セえぬ政府 無制限の集団的自衛権行使へ
9条2項が維持されても、「自衛のための実力組織」が合憲とされたら、
自衛隊の活動範囲は無限定になる
安倍首相は「現状追認だけで何も変わらない」と言うが…
→そもそも「現状」でいいのか 現状は戦争法が前提になっている
存立危機事態で、他国攻撃ができる
北朝鮮のミサイルがグアムへと日本上空を通過しても存立危機事態(小野寺防衛相)
3項に自衛隊を入れれば、
従来の政府解釈(自衛隊への違憲の疑いが前提)の積み重ねはご破算になる
合憲とされた軍事組織の存在を前提に新たな政府解釈
2項が戦力不保持・交戦権の否認を明文で定めているからこその従来の政府解釈
自衛隊保持が書き込まれたら、フルサイズの集団的自衛権まで広がる
9条改憲と日米安保条約との関係
アメリカは日本に軍事予算の肩代わりを求める 人的・物的支援も
日本政府は合理的に国益を考えてそれを拒否することができない
もっと貢献しないと見捨てられると考えている→病的状況
この状況を考えないで、9条改憲を議論するのは非現実的
かつて韓国がベトナム戦争に参戦したのと同様になる
実態としても、日米軍事一体化がどんどん進んでいる
自衛隊の存在に合わせて改憲するという「立憲主義」の主張について
現状を追認するために自衛隊を明記しても、それに対する有効な立憲的統制はできない
日米同盟の下で自衛隊を自律的に統制できない
→単に現状追認の改憲提案は立憲主義的でない
のみならず、そもそも安倍首相らは立憲主義という基本的価値を否定している
⇒改憲を許せば、日本国憲法の原理が変わるという危機感を持つべき
【感想メモ】
安保条約と対米従属の自衛隊という現実を無視した「お花畑」の議論が横行する中で、
まともなリアリティを持つ発言
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松島暁「日本国憲法における自衛権−13条や立憲主義は自衛権を正当化できるか」
(2018年5月 自由法曹団 五月集会特別報告から)
憲法13条を根拠とする自衛隊合憲論とその批判
国家が国土と国民に対し統治権力を及ぼす反面
外敵からの侵略に対しては国家統治権を防衛
それが国民の権利自由を守ることにつながるという
近代国民国家(ナショナリズム)のイデオロギーによって正当化
しかし、近代国民国家の論理を前提としつつも
何故あえて日本国憲法9条が国家の武装権ないし武力装置を放棄したのかを
説明できないし
日本国憲法の歴史的特殊性を無視した議論とならざるをえなかった
長谷部恭男による立憲主義による自衛隊合憲論とその批判
「個別的自衛権の行使が憲法9条の下において認められるとの結論は、
良識にかなうと考えられるし、またそれを否定することは、絶対的平和主義という特
定の価値観を人としての善き生き方として全国民に押しつけることになり、多様な価
値観の公平な共存を実現しようとする近代立憲主義の根本理念そのものと衝突する」
→「特定の価値観を全国民に押しつける」のは日本国憲法9条の特有のことではなく、この類いの押しつけは世界の憲法においていくらでも存在する
立憲主義への反省的検討が必要
制憲当時、権力者層を含め、9条について、戦争を放棄し、自衛軍も含めて軍備・武力装置をもたないという点は、争いの余地なく一致していた
立憲主義者であれば、この制憲権者の意思に忠実であらねばならない
日本国憲法は、平和という価値を明示的に憲法原理とし、それが日本国民の歴史的経験に立脚しているという点において、日本固有の特色を持つ
だから純粋にリベラルな原理に立脚した憲法ではない
北米のリベラリズムを単純に適用して平和主義を軽視する憲法解釈論は間違っている
【感想メモ】
13条(個人の尊重、幸福追求権)によって自衛隊を合憲化する詭弁は
克服すべきと考えてきた これはその重要な議論の一つ
そもそも日本国憲法は戦争すること自体を幸福追求の最高の侵害と考え
それを避ける最大限の積極的努力を政府に課しているのではないか
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○追伸
*憲法と理想を語る意義――「お花畑」揶揄を蹴飛ばす
お花畑とは何か 現実無視のノーテンキはどちらか
抑止力論では、確率が極めて低いうえに、防げるし防ぐべき事態としての武力攻撃を当然のこととして前提する
安保条約の存在と対米従属の自衛隊の現実を見ない議論
現に起こっている基地被害と米軍の侵略戦争への加担 これを問題にしない
沖縄などの現実は現実ではないのか
どちらがお花畑で現実無視でノーテンキなのか
国難は北朝鮮のミサイル実験ではなく沖縄でのヘリ墜落だ、という翁長知事の発言にこそリアリティがある
「武力によらない平和」をただ呪文のように唱えるのではない
国際政治や軍事情勢などの「武力による平和」の現実を知ることは必要
それで初めて理想への現実変革の道筋を考えることができる
現時点では、特に北朝鮮問題について、理想を堅持しつつどのような現実的対応をするかが問われる
中国の覇権主義に対しても、脅威論を煽るのでなく、密接な経済関係という現実を踏まえて、冷静な外交交渉に徹する
他方、憲法を揶揄する勢力は「武力による平和」を金科玉条として
それが大人の現実主義だと自己満足し、他の現実を作りうることを夢想だにしない
だからこの現実がいかにひどいものかを決して見ない どのような基地被害もよそ事
ナショナリズムを煽って、客観的には成立し得ない一方的な自慰的被害者意識的脅威論で軍拡を推進→日本が東北アジアにおける平和破壊の悪循環の一端を担う
まともな理念を持つ者と持たない者との落差 最近の国際情勢に見る顕著な例
文在寅(ムンジェイン)と安倍晋三
戦争を絶対に起こさない決意がもたらす智恵、現実対応
VS
脅威を煽る政権利益と軍需拡大の財界利益+取り巻きの「現実主義」(=シニシズム)
(実は軍拡付きの)「現状維持」の利益=平和への無策
*2017年国連、核兵器禁止条約採択の意義
1.大国中心の国際政治からの脱却
2.軍事力・経済力の支配から法の支配へ、あるいは人道・理念による共生へ
→日本への教訓 日米軍事同盟強化から憲法の積極的平和主義の実現へ
**世界史的意義
ヴェストファーレン(ウェストファリア)条約
1648年に締結された三十年戦争の講和条約
近代における国際法発展の端緒となり、近代国際法の元祖ともいうべき条約
宗教戦争を終わらせ、内政不干渉で主権国家が主人公となる近代的国際秩序を切り開く
しかしそれは同時に大国中心の力の支配の体制 やがて帝国主義体制へ向かう
第二次大戦後、植民地体制の崩壊、非同盟運動の進展により、
この体制は変化 戦争の非合法化も進む
核兵器禁止条約の国連会議では、
核保有大国の力に対して、非核保有の小国・NPOの人道・理念が勝利
「軍縮にも民主主義が訪れている」
○国連憲章→日本国憲法→核兵器禁止条約という「法と世論による平和の実現」の流れ
参考:川田忠明「核兵器禁止条約の国連会議」(『前衛』2017年6月号所収)