これは垣内亮氏の同名論文(『前衛』2019年12月号所収)の要約です |
「減らない年金」はどうすれば実現できるか
――マクロ経済スライド廃止の展望を考える
**垣内亮氏の同名論文(『前衛』2019年12月号所収)の要約
2020年1月 刑部泰伸
☆注 マクロ経済スライド:以下ではMESと省略
◎タイトルの含意 目指すのは「暮らせる年金」だが、その前に
「減らない年金」を実現する必要がある
まえがき 年金をめぐる状況と本論文の課題
金融審議会の報告書(2019.6.3):老後生活には年金以外に2000万円必要
給付額:6年間で名目0.8%減、実質6.1%減 → 国民の怒り
☆年金が減らされた原因
1.過去に物価が下がったときに年金を据え置いた分を調整した:2.5%(13〜15年度)
2.物価上昇と賃金上昇の低い方に合わせるルールの適用:賃金上昇が低かった
3. MESの発動:15と19年度の2回、18年度分のキャリーオーバー含む
年金の「財政検証」(2019.8.27):今後もMESで実質額減(27〜28年間)
課題@MESの問題点の解明
A上記を止めさせ、「減らない年金」を実現する方策の考察
<1> 日本の公的年金制度の概要
厚生年金と国民年金
厚生年金:被用者が加入
国民年金:上記以外、自営業者・農業者・非正規労働者・零細事業所従業員など
1985年、基礎年金制度 → 厚生年金加入者も広義の国民年金加入者に
第一号被保険者:狭義の国民年金加入者
第二号被保険者:厚生年金加入者
第三号被保険者:厚生年金加入者の配偶者
老齢年金、障害年金、遺族年金
老齢年金:給付は原則65歳から
基礎年金と報酬比例年金
基礎年金:40年加入、月額65,008円(19年度) 10年加入、月額16,252円
報酬比例年金:厚生年金加入者は基礎年金に加えて、平均標準報酬に比例して給付される
費用負担(公費負担と保険料)
基礎年金の給付額の1/2は公費負担 残りは保険料と積立金の運用収入
保険料の計算方法
国民年金:法定月額17,000円 実際は賃金変動に連動 16,540円(19年度)
減免制度有
厚生年金:8.8万円から62万円までの31段階の標準報酬月額×18.3%(保険料率)
事業主半額負担
賦課方式、積立金の活用
戦前に厚生年金ができたとき:積立方式
現在の年金:賦課方式、加入者が払った保険料がその時点の高齢者の年金にあてられる
ただし給付より保険料収入が多い場合、残額が積み立てられ運用収入が年金財源に
→ 修正積立方式
年金額の改訂(賃金・物価スライド)
年金加入者が将来受給する年金額:平均賃金の変動に合わせて改定
=厚生年金加入者の平均標準報酬額の過去3年間の変動率が基準
すでに受給している者の年金額:賃金と物価の変動率の低い方に合わせて改定
<2> マクロ経済スライドとは?
2004年に導入 10年間発動されず 安倍政権で初めて発動
現役世代と年金受給世代との人口比を考慮して年金額を調整する仕組み
保険料固定・給付削減の仕組み
2004年以前:年金給付水準固定(賃金・物価スライドはある)
それに必要な保険料率を5年ごとに再計算し、保険料率を上げる仕組み
2004年改悪後:保険料固定 5年ごとにその保険料で給付できる年金額を計算
それに合わせて年金額を下げる 引き下げの手段:マクロ経済スライド
各年度の調整率
2019年度の実例
過去の賃金上昇率0.6%:「本来の年金改定率」0.6%
既受給者:前年の物価上昇率1%だが、賃金が低いので「本来の年金改定率」0.6%
MESの「調整率」0.2% 18年度のキャリーオーバー0.3%
0.6−0.2−0.3=0.1 → 0.1%の改定
40年加入の場合の基礎年金額 18年度:64,941円
物価に合わせれば650円、賃金なら390円程度上がるはずが
MESの結果、67円の引上げに留まった(64,941+67=65,008)
*物価スライドならば 64,941+650=65,591
→ 現行の月額65,008円(19年度)は実質減
「調整率」を決める2要素
1.平均余命の伸び率から計算される値:0.3%に決まっている
2.現役世代の年金加入者の減少率から計算される値:毎年の加入者数実績から計算
→ 最近は定年延長の影響で加入者数が増加 今後は減ると想定 :「調整率」↑
キャリーオーバー:本来の改定率<調整率 の場合、
改定率ゼロにして、引ききれなかった分を翌年度以降に繰り越す
調整終了機関の決定
全体の削減幅は各年度の調整率と調整する期間で決まる
e.g. 毎年1%調整、10年続けて、全体で9.6%の削減
(→ なぜ10%削減でないか 0.9910-1 = 0.904-1 = -0.096= -9.6% )
調整率は機械的に決まる 問題は、いつまで調整(削減)を続けるか
財政均衡:100年後に年金給付に支障が生じない積立金が残っている状態
支障が生じない:前年度末の積立金が、その年度の給付の1年分残っていること
→ 「支障が生じない」ようになるまで調整を続ける → 調整終了機関が決まる
MES導入前は60年試算だった 100年に延ばした
「100年安心」の意味:「年金財政が100年もつ」であって
「老後の暮らしが100年安心」ではない
所得代替率
最大限に削減した場合の限界の基準:「モデル世帯の所得代替率50%」
モデル世帯:夫は平均的サラリーマンで厚生年金に40年加入、妻は専業主婦
その19年度の所得代率61.7% これを50%程度まで下げる 現行から2割程度削減
他の世帯ではもっと下げる場合も
七兆円の年金削減
志位委員長への安倍首相答弁(2019.6.19)
「MES廃止には7兆円要る」=MESは7兆円削減計画だ
<3> 低年金ほど削られる――財政検証結果の問題点
財政検証の試算の前提条件
人口や経済成長などについて複数の想定を組み合わせた18ケースについて財政見通しや被保険者数の見通しを計算 → 42ページ、表1
「オプション試算」:厚生年金の加入対象を拡大した場合や保険料拠出期間を延長した場合
試算の方法
(条件)出生率・平均寿命・就業率・賃金上昇率 → 将来の年金保険料収入
(条件)物価上昇率・MESの期間 → 将来の年金給付額
各年度の年金財政の収入(保険料収入+積立金運用収入+公費負担)―支出(年金給付額)
=収支差引額
前年度の積立金残高に収支差引額を足す(赤字なら引く)=今年度積立金残高
→ 次年度運用収入が計算できる
こうして逐次、毎年の収支を計算 → 100年後の積立金残高が計算できる
財政見通し試算は厚生年金と国民年金それぞれの財政について行われている
試算結果
43ページ、図1 …略…
調整期間は二七〜二八年にも
「出生中位・死亡中位・経済ケースT」 実質経済成長率0.9%、実質賃金3.6%上昇
それでも、MESが2020年から46年まで27年間続く
→ 基礎年金給付水準 現行から3割近く低下
モデル世帯の所得代替率 51.9%(現行61.7%)
経済条件が悪いケースUやVでは、さらに長い調整期間、所得代替率のいっそうの低下
基礎年金に削減が集中
報酬比例年金より基礎年金の削減率が大きい
→ 低年金者ほどたくさん年金が削られる
元厚相や審議会委員も見直し求める
…略…
基礎年金に削減が集中する原因
MESそのものに原因がある
より苦しい国民年金財政に合わせて基礎年金の削減幅を決めてしまう → 削減幅↑
厚生年金財政:基礎年金を削れば削るほど、基礎年金への拠出負担↓
→ 報酬比例の削減↓
基礎年金の給付は一本化されたが、財政は統合されていない
47ページ、図2
厚生年金と国民年金を財政統合すれば、国民年金の目減りをある程度防げる
<4> 「減らない年金」にするための方策の検討
年金財政を改善する諸方策
@保険料率引き上げ A支給開始年齢引き上げ B基礎年金の公費負担引き上げ
C厚生年金の加入対象の拡大 D賃上げ → 保険料収入↑ E経済成長率↑
F少子化対策により出生率↑ G老人医療費削減、寿命の伸び抑制
H標準報酬の上限↑ I厚生年金と国民年金の財政統合
⇒ @AGは負担の限界や福祉を考えて不採用
したがって、BもしくはIを中心に、C〜FとHを組み合わせて実施
公費負担引き上げの場合(以下「公費方策」と呼ぶ)の試算
試算方法
(1)MESを実施しなかった場合の推計
(2)どこまで公費負担を増やせば年金財政が均衡するかを計算
(3)標準的ケース「人口中位、経済T〜V」に加えて、
出生率低位・高位の場合や、厚生年金適用対象拡大した場合も同様に計算
(4)あわせて標準報酬の上限を引き上げた場合も計算
試算結果 → 50ページ、表3
出生中位のケース
MES廃止のためには公費負担率を60〜65%に(現行50%)
2.4〜3.6兆円増やす必要あり
出生率↑、標準報酬の上限↑、厚生年金の適用対象↑ など組み合わせれば
53%台まで下げられる 1兆円程度の増加
年金財政を統合した場合(以下「統合方策」と呼ぶ)の試算
試算方法
考え方:MESを残したまま、財政統合や標準報酬の上限引き上げによって、
MESの調整終了年度がどれだけ早められるかを計算する
(1)厚生年金財政・国民年期財政の双方についてMESを実施しなかった
場合を推計し、それを合算して統合された年金財政の姿を求める
(2)統合された年金財政にMESを適用し、調整終了年度を計算
(3)標準報酬の上限を引き上げた場合の調整終了年度を計算
(4)出生率が高まった場合も計算
試算結果 → 51ページ、表4
出生中位のモデルケースでは、15年以上も終了を早められる
さらに標準報酬の上限引き上げ実施で5年程度短縮
→ 所得代替利率は58〜60%程度
さらに出生率改善すれば、MESを行わなくて済む可能性あり
二つの方策の長所と短所
「公費方策」の長所
○制度的大変更なし → 説明しやすい
○どの経済前提でも必要程度公費負担の引き上げでただちにMES廃止できる
同 短所
○当面すぐにも公費負担の財源が必要になる
○将来「暮らせる年金」を目指すとして、「減らない年金」段階で
公費増による対応が適切か、という議論がある
○公費投入するなら、最低保障年金の創設が優先、という議論がある
「統合方策」の長所
○当面すぐには、新たな財政投入の必要がない
同 短所
○制度変更の複雑さ
○事実上、厚生年金財政から国民年金財政への支援なので、厚生年金加入者が反対する
→ 財界だけでなく労組も
「統合方策」についてのさらなる考察
保険料の徴収方法も含めた統合は困難なので、財政の統合に留めるべき
厚生年金から国民年金への財政移転になるが、厚生年金加入者が損するわけではない
財政移転は4200億円程度で済む
これは、本来、厚生年金に加入すべき国民年金加入者の事業主負担分に相当
標準報酬上限の引上げとベンド方式の導入
日本共産党の提案
毎月の標準報酬の上限を62万円から139万円(健康保険・介護保険と同額)へ
→ 約1.6兆円の保険料収入増 54ページ、表5
賞与の上限を撤廃 → 増収はわずか
事業主負担の保険料はすべての上限を撤廃 → 3400億円程度増収 54ページ、表6
この方策は、一般の労働者(月収62万円以下・賞与150万円以下)に負担増ない
中小企業にもあまり負担増がない
ベンド方式を導入して高額所得者の年金給付を抑制 55ページ、図3
中間層への配慮と、保険料逃れへの対策
現行の標準報酬上限、月収62万円・賞与150万円、つまり年収約1000万円層
富裕層ではなく、保険料・税でこの間負担増になってきた
ベンドポイントを62万円より高くしたり、諸制度の所得制限の緩和など対策が必要
これに対して、数千万円以上の高額所得層
ストックオプションなど、保険料逃れへの対策が必要
年金保険料より掛け捨ての健康保険料・介護保険料でとる方が良い
「積立方式」は問題解決にならない
積立方式への移行は、「確実に減る年金」になる
→ 現行制度から積立方式への移行のイメージ図 56ページ、図4
制度を移行するには、現役世代が払う保険料を現在使わず、将来の給付のため積み立てる
今の年金受給者への給付が大幅に減る
終わりに
老後の生活の支え
「減らない年金」、各種保険料や医療・介護の自己負担の軽減
最低保障年金=「暮らせる年金」
これらは別の機会に