これは「朝日新聞」2012年5月14日付「声」欄に載った投書の原文および注記です。
「朝日」には注記もあわせて送り、紙面には原文が若干修正されて掲載されました。


「決定できる民主主義」とは

 橋下徹氏が主張する「決定できる民主主義」に政界・マスコミがこぞって便乗している。確かに政策的議論もなく政局の駆け引きに終始して何も決定できない国会に対して、人々はうんざりし、閉塞感を深めている。しかしなぜ決定できないのだろうか。そもそも何を決定したいのだろうか。消費税増税・TPP参加・原発再稼動等々…。これらは人々の生活と安全を害し、国民経済を破壊するため、世論は反対ないし懐疑的である。だからこれらを決定できないのは政治家が悪いという問題ではなく、世論が健全だということである。つまり「決定できる民主主義」とは民意に反するごり押しを正当化する詭弁である。

もちろん何も決定できないのではいけない。問題は決定の中身である。脱原発を決断し、それを具体化するため、エネルギーの地産地消を進める。非正規雇用を規制し賃金を上げる。それらを軸に、外需依存・国際競争力至上主義を克服し、内需循環的な地域経済を立ち上げて健全な経済成長を実現する。大企業・大資産家への優遇税制を改める。こうしてTPP参加と消費税増税を止める。マスコミは消費税増税を必然のように言い、それに反対することを無責任だと非難するが、それこそ人々の生活に対して無責任である。生活の立場で日本と世界の政治経済を変えることは可能であり必要である。

 

 

(注記)

 橋下氏の「決定できる民主主義」はもちろん独裁の婉曲な表現に過ぎません。前代未聞の思想調査を敢行した大阪市長が大人気で平然として居座っているというのは、危機的な異常事態です。当時最も先進的なワイマール憲法の下でヒトラーが出現したように、今日の世界でも有数の優れた内容を誇る日本国憲法の下ですでに独裁が始まりつつあることをジャーナリズムはどう考えているのか、厳しく問い正したい、と毎日思っています。

 投書文面に関して言えば、橋下氏はTPP参加は掲げているけれども、消費税増税には「今のやり方には反対」で、原発再稼動にも反対しています。しかし消費税増税そのものは支持しているようだし、原発再稼動についても「再稼動がいやなら生活を我慢しろ」といった脅しをかけており、真剣に再稼動反対という姿勢ではありません。その辺の橋下氏自身のあいまいさはここでは措くとして、問題は中央政界の大政党が彼の「決定できる民主主義」に便乗して悪政を強行しようとしていることです。まったく中身を抜きに「決定できない」のが悪く、「決定できる」ことが称賛されています。人々の間に充満する閉塞感につけこんでそういうムードが醸成されています。

 政策と政局について指摘したいことがあります。二大政党は政策が同じなので、国会では政局的駆け引きに終始しています。これが政治不信を招いていることは言うまでもありません。これから消費税増税をめぐって政局の駆け引きが激化するでしょう。しかし私はこの「政局」には積極的意義があるとあえて主張します。二大政党は消費税増税の政策では一致しているので、政策論としてはすんなり通るのが当然です。しかし現実にはそうはならないでしょう。世論の反対を背に「政局」づくりを企む政治家が出てくるからです。そういう連中は唾棄すべき「政治屋」あるいはポピュリストであることは確かです。政策と行動が一致しないのは政治家失格です。しかし政策的信念を貫いて消費税増税に邁進する野田首相のような政治家が立派かというと、それも違います。なにせ前提にある政策が致命的に間違っているのですから。

 政策を貫かない不誠実な政治屋によって作られるのが「政局」ですが、それを支えるのが世論であることが重要です。この矛盾した「政局」を根本的に克服するのは、消費税増税反対という「政策」を貫くこと以外にありません。おそらく今後マスコミは「政局」批判で増税政策の実現を訴えるでしょうが、それは「政治屋」に対しては表面的な潔癖さを誇ることができても、世論と人々のかけがえない生活に対して全く責任を追わない立場です。「政策抜きの政局」を批判する資格があるのは、民意に適う正しい政策に立っているときだけです。間違った政策の立場からそれを非難しても、政策の首尾一貫性という形式的正義に適うだけであり、世論に反するという内容的不正義を免れません。それよりは世論を反映した「政局」という形式的不正義のほうがまだマシです。

 これに対するマスコミの回答は「世論・民意が間違っている」ということでしょう。消費税についての議論はやりだせば切りがありませんが、一つだけ指摘します。財政がたいへんだから消費税増税だ、という主張ですが、全く逆で消費税増税で税収は減るのではないか、という疑問への回答を見たことがありません。1997年に消費税率を上げましたが、確かに消費税収は増えても、所得税収と法人税収は減り、今日では全体としては減っています。累進税率の緩和や法人税率の引き下げ等の政策がまず問題ですが、それだけでなく日本経済の長期停滞が重要な原因です。日本は先進諸国では例外的に経済成長の止まった国になっています。暴虐な労働政策などで人々の可処分所得が下がり続けて内需が縮小し、国際競争力至上主義で外需依存を強化するという悪循環を断ち切らない限り、日本経済の低迷とそれによる閉塞感の充満は克服できません。消費税増税が責任ある政策で、それに反対するのは無責任なポピュリストだという考えは、人々の生活にも国民経済の発展にも全く責任を負わない(多国籍企業を中心とする)支配層の傲慢な自己中心的姿勢の反映だと思います。

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