これは、佐藤拓也氏の「生産性の低迷≠ニは何を意味するのか」の要約です |
佐藤拓也「生産性の低迷≠ニは何を意味するのか 日本資本主義の長期停滞」
(『経済』2019年9月号所収)
はじめに
2012年11月から始まった今回の景気拡張期:実感を伴わない景気拡大
低成長の大きな要因の一つ:日本の生産性の低迷
→広く喧伝されていること:
諸外国より労働生産性の伸びが低く、そのため賃金上昇が低く抑えられている
生産性を上げるため「働き方」改革が必要
本稿の課題:マルクス経済学の立場から
生産性の低迷の意味の解明
それを軸に現代の日本資本主義の長期停滞の要因とその影響の解明
○概要
T 生産性とは何か
U 主流派経済学の「資本生産性」「労働生産性」の変動
その資本主義の矛盾との関係
V 2000年代以降の労働生産性の低迷の意味:本稿の中心課題
W それが労働者にどのような犠牲を払わせるか
X 以上の日本資本主義の抱える問題は、資本主義的生産関係に根ざす矛盾の現れである
T 生産性とは何か
(1)マルクス経済学における生産性
*生産性=生産量/労働投入量
資本主義で生産性を上昇させる根本的な要因
資本間競争:特別剰余価値の獲得という意図された目的
その意図を超えた、生産性上昇の様々な効果
1.社会全体でより多くの生産物:より豊かな生活を送れる可能性を生み出す
2.労働時間短縮、生活(余暇)時間拡大の可能性
3.同じ貨幣賃金なら実質賃金上昇:労働者の生活水準の向上につながる
4.相対剰余価値の生産:
社会全体では労働者の生活水準を下げることなく剰余価値を拡大させることが可能に
(2)主流派経済学における、または実際の統計を用いた生産性
*労働生産性=付加価値N/労働L
一国経済での付加価値:GDP(国内総生産)
→固定資本減耗を除いて国民所得として賃金・利潤として分配
付加価値やGDPの増大:経済成長 → 生産性が上昇すれば経済成長する
○名目成長率:価格の変動の影響を含む
○実質成長率:価格の変動の影響を取り除く←基準年の価格で測る
→ 労働投入量不変で10%成長すれば労働生産性は10%上昇
*資本生産性=付加価値N/資本量K 資本:生産設備などいわゆる資本ストック
---- ---- ---- ---- ┬┬ ---- ---- ---- ----
資本生産性という概念は、労働だけでなく資本ストックも価値を生み出すという見方に基づいているから、労働だけが価値を生み出すと捉えるマルクス経済学から見ると、明らかに転倒した表現である。とはいえ、労働が生み出した価値を資本が取得し、あたかも資本が自ら価値を生んでいるかのように現象することこそ、資本主義の転倒した姿の現れである。実際、マルクスも「協業によって展開される労働の社会的生産力が、資本の生産力として現れる」と、指摘している。したがって、こうした転倒した関係を意識しておけば、資本生産性という表現は、むしろ資本主義の矛盾を表わすものとしてその意義が認められるし、この表現に隠された内的な関係を分析することで、なぜ、資本家をはじめ、政府や主流派経済学がこれを重視するのかということも、かえって明らかになる。このことから、本稿の第2節以下では、「資本生産性」を資本家的観点から見た場合の最重要概念の一つとして、むしろ積極的に取り上げる。 105ページ
---- ---- ---- ---- ┴┴ ---- ---- ---- ----
(3)生産性上昇の現れ方の違い
投入された労働の総量が変わらずに、生産性が上昇する場合 これがどう表現されるか
☆労働価値説:社会全体で生産された価値の総量も変わらない
★実際の統計:社会全体で生産された付加価値の総量、実質GDPは増大して現われる
1)経済成長の表現
☆ 価値の総量は変わらない
★ 「実質GDPのように基準年の価格を用いて表示すると、労働投入量あたりの商品(使用価値)総量の増大として、したがって社会で生産される商品の総価格ないし付加価値総量の増大として現われる。これが一般に、経済成長として把握される現象である」(106ページ)
2)資本家の取り分の増大の表現
☆ 相対的剰余価値の生産 労働力の価値の低下
→ 価値生産物(付加価値)中の相対的に小さい部分を賃金として払えばよい
★ 「基準年の価格で測った場合には、支払われる賃金額は以前と同じままであるにもかかわらず、生産性上昇によって以前よりも多くの付加価値が生産されるようになったために、結果としてより多くの割合が資本家に取得される」(106ページ)
3)「資本生産性」の表現
☆ 社会全体の価値生産物は変わらないが、生産手段の価値は低下
→ 資本生産性は上昇
★ 「基準年の価格で表示した場合は、生産性が上昇しても機械などの価格が安くなるわけではない一方で、社会全体の生産量の価格総額が増大したという形で、資本生産性が上昇したものとして表される」(106ページ)
◎二つの表現形式の違いの評価
1)一部産業の生産性上昇が社会全体にどう波及するかを捉える場合は
内容に違いが出る可能性がある
2)しかし、社会全体の総労働と生産量とを考察する場合には、
表現の違いはあっても実態は同じ
生産性が上昇した場合、どちらの表現形式でも、社会全体では、次の三つの事実は同じ
@労働量一定の下で商品総量が増えた
A相対的剰余価値の生産で資本家の取り分が増えた
B投下資本あたりの付加価値ないし生産量が増大した
⇒ 労働生産性は 付加価値/労働投入量 で測る
U 生産性をめぐる近年の議論
(1)資本生産性の推移
*宮川努『生産性とは何か』(ちくま新書、2018)の指摘
1)労働生産性が上昇している一方で、
資本生産性は1980年代から傾向的に下落 ただし2000年ごろから回復
2)資本生産性の下落は利潤率の下落を意味する
P/C(資本利潤率)=N/C(資本生産性)×P/N(資本分配率)……(A式)
(下落) (下落) (一定)
→ 2000年ごろまでの利潤率低下の状況を示す
*以下では資本利潤率は、☆では P/(C+X)だが、★の P/C として議論する
その理由
1. Xは資本1回転あたりに投下される賃金の大きさだが、統計から計測するのは困難
2. P/(C+X)=(P/N)/(C/N+X/N)=(P/N)/(C/N+(1-P/N))
だから、☆のP/(C+X)でも、★の P/Cでも
資本利潤率はC/N(資本生産性の逆数)とP/N(資本分配率)によって決まる
(2)生産性と利潤率の関係
N/C(資本生産性)=N/L(労働生産性)×L/C(技術的構成の逆数)
または
N/C(資本生産性)=N/L(労働生産性)/(C/L)(技術的構成)……(B式)
→ 資本生産性は労働生産性と技術的構成(またはその逆数)によって決まる
技術的構成:生産手段と生きた労働との比率
→ 「技術革新による機械による労働の置き換えは、たしかに労働生産性(N/L)を上昇させるが、それを上回って技術的構成(C/L)が上昇すれば、かえって資本生産性(N/C)を下落させてしまう」(109ページ)
資本生産性(N/C)が低下すれば、資本利潤率(P/C)も低下する可能性が高い
→ マルクスの利潤率の傾向的低落の法則:資本主義が持っている根本的矛盾の現れ
宮川氏は労働生産性が上昇しているにもかかわらず資本生産性が低下していることが問題だとしたが、マルクス経済学では上記の見方が当たり前
*まとめ
@技術的構成の上昇→A労働生産性の上昇→B資本生産性の下落→C資本利潤率の下落
@の上昇率がAの上昇率を上回る場合は上図式のようになる
以上の統計的確認 110ページ、図2
N/C(資本生産性)の低下=C/N(資本生産性の逆数)の上昇
→ 生きた労働で生産された価値(N)に対する
生産手段に対象化された価値(C)の相対的増大
→ 資本の有機的構成(C/N)の高度化
資本の有機的構成:『資本論』では C/X だが
C/Nは生きた労働に対する対象化された労働の比率を端的に表す
---- ---- ---- ---- ┬┬ ---- ---- ---- ----
本稿も、宮川氏と同様に資本生産性(N/C)の下落という現象に注目している。しかし、それは、資本家間での労働生産性を上昇させる競争が不可避的にもたらす資本の有機的構成(C/N)の高度化を原因とし、その結果として、その逆数である資本生産性(N/C)が下落し、さらには利潤率(P/C)の低下に帰結するという、パラドキシカルな関係として捉えなければならない。すなわち、資本生産性の下落とは、労働生産性の下落ではなく上昇がもたらす、価値源泉としての労働投入量の資本に対する相対的減少のことなのである。 111ページ
---- ---- ---- ---- ┴┴ ---- ---- ---- ----
V 2000年代以降の日本資本主義の動き
資本主義の根本矛盾
労働生産性を上昇させようとする資本間競争が、かえって資本生産性を下落させる
→ 2000年頃まで資本生産性が低下
しかし、2000年代
資本家:投資抑制 → 資本の技術的構成(C/L)・有機的構成(C/N)の高度化の停滞 → 資本生産性(N/C)の回復・上昇
投資が伸びず、労働生産性も伸び悩む → マクロ経済の停滞 → 資本には史上最高の利潤率
(1)資本生産性と利潤率の上昇
統計上の資本生産性の推移(112ページの図3)
1980年代頃から徐々に低下、90年代に下落幅拡大、2000年前後に底打ち・回復
資本生産性の動きを規定するもの:労働生産性の動きと技術的構成の動き
資本生産性を両者に分解して考察する
1)技術的構成 1980年代に大きく上昇、90年代に伸びが鈍化
2000年代、特に08/09の金融危機以降はほとんど上昇しない
労働生産性 年代を追うごとに上昇しがたくなっている
2)2000年ごろから後 技術的構成の伸びがいっそう低く、
労働生産性の伸びを下回る年が多い → B式により、資本生産性は上昇しやすい
A式により、資本生産性の上昇は利潤率の上昇につながる 現在は史上最高
(2)背景にある投資抑制とマクロ経済の低迷
技術的構成(C/L)の停滞→資本生産性(N/C)の上昇→利潤率(P/C)の上昇
これをもたらしたのは資本家による投資の抑制:剰余価値からの資本蓄積の割合が減少
2000年以降、資本蓄積率はしばしばマイナス → 技術的構成の伸び悩み
---- ---- ---- ---- ┬┬ ---- ---- ---- ----
資本蓄積がなければ、資本主義経済は拡大再生産ではなく単純再生産にならざるをえない。不変資本も増大せず、それに伴って雇用も拡大しないならば、マクロ経済全体としては価値生産物も増大せず、経済を成長させにくくする。しかも、資本家による投資の抑制は生産手段への需要を抑制するだけでなく、雇用の伸び悩みを通じて、労働者による消費需要つまり生活手段への需要も停滞させることにつながる。こうして、投資の抑制は、生産力(供給)面と需要面の双方から経済を停滞させる。 113ページ
---- ---- ---- ---- ┴┴ ---- ---- ---- ----
→ 経済成長率{GDP(付加価値N)の変化率}の低迷
投資抑制の意味
Nの増大>C(固定資本ストック)の増大 → 資本生産性(N/C)の上昇
GDP(付加価値N)が増大しない中で、資本生産性を上昇させるためCを抑える
∴ 2000年以降の資本生産性の上昇と空前の利潤率の上昇は
アベノミクスによって経済成長が実現してGDP(付加価値N)が増大したのではなく、
Nがほとんど上昇しない経済停滞の下で、それ以上にCの増大を抑え込んだ結果
(3)低迷する労働生産性と日本資本主義の矛盾
政府:税制改革や経済特区構想などで投資刺激
しかし、<投資拡大 → 固定資本増大 → 資本生産性低下 → 利潤率下落>
が予想される中で投資する資本家はいない
<投資抑制→資本生産性上昇→利潤率上昇>という資本の運動の具体的現象形態
・株主資本主義:経営者に資本利潤率上昇を迫る圧力
株価上昇最優先のアベノミクスはこれを促す
・増大した利潤:配当など株主還元、残余は実物資産(機械や設備)ではなく金融資産
・個別資本レベルでの生産規模拡大:資本の集中(M&A)
追加投資がなく資本生産性が下がりにくい
W アベノミクスにおける矛盾の激化――労働者階級へのしわ寄せ
投資抑制 → 投資需要と消費需要の停滞
*実現後の「生産性」の低迷
労働投入量が一定の下で、需要不足によって生産物に売れ残りがあれば、生産過程で発揮されうる生産性よりも流通過程を経た後では低い「生産性」しか実現しない
(115ページ)
→ 労働生産性の低迷の原因:資本家の投資抑制的な態度や、それによる需要の低迷
にもかかわらず労働者に責任転嫁:「働き方改革」
(1)矛盾その1――労働生産性低迷のもとでの実質賃金抑制と剰余価値率上昇
資本家:労働生産性の伸び悩みに対抗して、
実質賃金を切り下げることで労働分配率を低下させる(剰余価値率は上昇)
図8「時間あたり労働生産性、実質賃金および相対賃金(対前年比、1971〜2017年)」
(116ページ) 相対賃金=労働分配率
⇒ 1.労働生産性の伸びは傾向的に小さくなる 特に2000年代は高くても2%程度
2.相対賃金はほとんどの年でマイナス
→景気の良し悪し、成長率の高低にかかわらず、労働者への分配割合は減少
「相対賃金の低下=生活水準の低下」ではない
生活水準は実質賃金が表す
1990年代終盤まではおおよそ毎年プラス、1990年代末以降ほぼ毎年マイナス
労働生産性がある程度伸びている時期
資本家は実質賃金を下げなくても相対賃金を低下させられた
労働生産性の伸びが2000年以降ますます小さくなった
資本家は実質賃金を切り下げて利潤を増やす
実質賃金の低下を伴う労働分配率の低下は消費需要を押し下げる
しかも剰余価値率が上昇しても、資本蓄積率は下がっている
→ 消費需要・投資需要が伸びず、「実現後」の生産性は一層低下
(2)矛盾その2――投資抑制に伴う雇用の伸び悩み
投資抑制 → 雇用増大の抑制
正規雇用者の減少、非正規雇用者の割合の上昇
→ 実質賃金の切り下げ、資本分配率の上昇 → 資本生産性の上昇、利潤率の急上昇
社会全体として労働の増大を抑制=社会全体として価値形成力が増大しない
→ 資本の活動は価値の裏付けのない利潤を、実体経済からではなく金融経済から得る
:金融肥大化が進む背景
X 資本主義的生産関係の下での根本的矛盾
資本主義の矛盾:労働生産性上昇→利潤率低下
その現代的現われ:利潤率上昇と引き換えの労働生産性の低迷→マクロ経済の低迷
⇒単に生産力の発展や低迷がもたらした問題ではない:資本主義的生産関係に根ざす問題
何故なら、資本主義的生産関係でなければ
競争の強制法則に囚われて生産力が増大するとは限らないから
根本的矛盾の回避
1.資本間競争の緩和
2.価格競争以外の競争(生産性上昇による以外の競争)
製品差別化・ブランド力の行使・情報独占
かつて 投資の拡大→労働生産性の上昇→価格引き下げによる競争力の追求
それと引き換えに 資本生産性の下落→利潤率の下落
今日 労働生産性は脇に措いて、以下のコースが可能
投資の抑制→資本生産性(最大限利潤率)の引き上げ→利潤率の上昇
根本的矛盾の先送りによる別の矛盾の発生
労働生産性の鈍化 → 機械による労働の置き換えの鈍化 → ある程度、雇用の維持
労働生産性の鈍化 → 実質賃金の切り下げを伴う労働分配率の低下
他、いっそうの投資抑制による雇用の伸び悩み、技術革新の停滞、マクロ経済の停滞
長期的には、資本主義自体が生産的労働者の縮小によって、価値形成力を自ら損なう
規制緩和・減税・補助金など「企業の活動しやすい」環境づくり
投資を促進し、技術革新と労働生産性の上昇の追求
→ 労働者階級にとっては、雇用の削減問題が生じる
生産性の上昇:超歴史的に見れば労働負担の軽減・労働時間短縮・生活時間拡大
資本主義的生産関係(資本と賃労働の対抗)下では雇用削減という生活問題に転化
労働生産性が上昇しても、利潤原理が働く限りほとんど労働時間短縮に結びつかない
---- ---- ---- ---- ┬┬ ---- ---- ---- ----
マルクスは、「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである。というのは、資本とその自己増殖とが生産の出発点と終点として、生産の動機および目的として、現れる、ということである。生産は資本のための生産にすぎない」と述べている。もし、資本の自己増殖を至上命題としない生産関係の下であれば、こうした制限なく生産性を上昇させ、人々の生活(余暇)時間を増大させ、真の「働き方改革」を実現することも可能である。
しかし、資本という生産関係に縛られているがゆえに、労働生産性の上昇がかえって価値の増殖に制限をもたらすという、避けがたい矛盾を抱え込まざるをえない。資本生産性と利潤率の傾向的低落として現れる矛盾は、単に技術革新によって生産力が上昇したことがもたらすのではない。同じく、現代において、利潤率の上昇とひきかえに労働生産性が伸び悩み、マクロ経済や雇用・資金が停滞するという問題も、単に生産力の伸び悩みから生じているのではない。これらは、直接的には生産力の問題に見えるが、資本主義的生産関係が本来的に有する矛盾の現れとして、捉えられるべきものである。
118・119ページ
---- ---- ---- ---- ┴┴ ---- ---- ---- ----
*上記引用部分のまとめ
マルクス 資本主義的生産の真の制限は資本そのもの
資本の自己増殖が生産の動機と目的
資本の自己増殖を至上命題としない生産関係であれば、
制限なく生産性を上昇させ、人々の生活時間を増大させられる
資本主義的生産関係の避けがたい矛盾
労働生産性の上昇がかえって価値増殖に制限をもたらす
現れ1)技術革新による生産力上昇 → 資本生産性と利潤率の傾向的低落
現れ2)利潤率の上昇と引き換えに
労働生産性の伸び悩み・マクロ経済や雇用・賃金の停滞
1)2)とも直接的には生産力の問題に見えるが、
資本主義的生産関係が本来的に有する矛盾の現れとして捉えるべき