以下の拙文は、不破哲三氏の『経済』連載「『資本論』はどのようにして形成されたか マルクスによる経済学変革の道程をたどる」に対して送った感想文を集めたものです。原文は『経済』2011年6月号・7月号・10月号および2012年5月号への感想です。最後のものは直接的には不破氏の連載を扱ったものではなく、この連載を単行本化した著作に対する山口富男氏の書評への感想などです。 なお初めの2011年6月号への感想は、むしろ佐藤拓也氏の論文に対する言及が中心になっていますが、恐慌論上で重要な利潤率などに関する論点に触れていますので採録しました。 (内容は『前衛』2月号に対して) 2020年2月1日
『経済』2023年6月号の感想からの一文を追加しました。
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不破哲三氏の恐慌論理解について
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<1>「『経済』2011年6月号の感想」から(2011年6月1日)
利潤率をめぐって
不破哲三氏の「『資本論』はどのようにして形成されたか マルクスによる経済学変革の道程をたどる」連載2、には、利潤率の理論的考察があり、佐藤拓也氏の「日本資本主義の長期停滞 投資の抑制と利潤の拡大を中心に」には利潤率の現状分析があります。理論も現状分析も私はとても十分に理解できてはいませんが、いくつかの論点について問題提起したいと思います。
不破氏は「利潤率の低下の法則」を取り上げています。マルクスが「不変資本と可変資本」ならびに「剰余価値(率)と利潤(率)」をそれぞれ概念的に区別することによって、「利潤率の低下」現象を解明したことを不破氏は高く評価しています。しかしマルクスがそれを資本主義の危機論と結合させたことは批判されます。その根拠としては「利潤率の低下」はもっぱら生産力の問題であり、生産関係とはかかわりないから、ということがあげられます。
確かにマルクスは生産力発展にともなう不変資本部分の相対的増大によって利潤率の低下を説明しているのだから、その限りでは生産力の問題だと言えます。また利潤率の低下は長期的現象なので、これを、周期的恐慌によって繰り返される利潤率の崩落と同一視するわけにはいかず、資本主義の危機論と直結するのも適当ではありません。
しかし利潤率は剰余価値率や実現問題によっても規定されます。剰余価値率は生産力とも関係しますが、労働者と資本家との力関係という生産関係とも関係します。搾取強化によって賃金が下がり剰余価値率が上がれば利潤率の上昇要因となりますが、賃金の下落によって需要が縮小すれば商品の実現が制限され、これは利潤率を押し下げます。
あるいは純粋に生産力の問題をとっても、生産力発展による生産手段価値の低下は不変資本部分の相対的増大を相殺する方向に働くことで、利潤率の低下を相殺する方向に働きます(資本の技術的構成の高度化が必ずしも価値構成の高度化になるとは限らないということ)。生産力発展による剰余価値率の上昇も利潤率の上昇圧力となって、利潤率の低下を相殺する方向に働きます。
つまり「利潤率の低下の法則」はもっぱら生産力の問題であって、生産関係とは無関係だ、とは言えないし、生産力の側面をとっても、この法則の証明が自明のことだと断定はできません。
しかしスミス、リカード、マルクスが認めたこの法則を誤りだとすることも躊躇されるところです。理論研究は様々に深化されているのでしょうが、ここでは現状分析とのかかわりで素朴な問題意識を提出してみたいと思います。
資本主義の新興国と先進国との関係を見ると、前者では利潤率が高く、後者では低くなっています。これは「生産力発展による利潤率の低下」を裏付けるかのようです。ところが先進国では新自由主義構造改革の下で利潤率が上昇する傾向があります。佐藤拓也氏の前掲論文によれば、日本資本主義はその典型であり、慢性的な過剰生産傾向の下で、景気回復期にあっても投資を抑制し、不況期には資産を削減し、賃金は一貫して抑制することによって利潤率を上昇させています。こうして資本の技術的構成は停滞的かむしろ下落傾向なのに対して、価値構成は上昇傾向にあります。これらを見ると、投資を抑制しそれ以上に賃金を下げることで価値構成は上昇しているけれども、剰余価値率がさらにいっそう上昇して利潤率が上昇する、というのが新自由主義的資本蓄積の姿ではないでしょうか。これを図式的に示す数字例を以下に掲げます。
(A) 400W′=200C+100V+100M
(B) 520W′=300C+100V+120M
(C) 340W′=180C+ 70V+ 90M
上の三つを資本主義国民経済のそれぞれの社会的総資本(W′)の状態をあらわしているものと想定します。(A)は原型であり、(B)は『資本論』的な生産力発展による資本の有機的構成高度化をともなう資本蓄積様式を表現します。生産力発展により、剰余価値が増大しています(相対的剰余価値と労働力との増大。消費財価値の低下により労働力の個別的価値は下がるが、資本蓄積にともなって労働力は増加し、可変資本の総額は不変。剰余価値は増加する)。(C)は新自由主義的資本蓄積を表わしており、不変資本の削減とそれ以上の可変資本の削減があり、しかし剰余価値の減少幅は少なくなっています。国民所得(V+M)を見ると(A)の200に対して、(B)は220と増大していますが、(C)は160に減少しています。以下にそれぞれの資本の価値構成(C/V)、剰余価値率(M/V)、利潤率<M/(C+V)>を示します。
価値構成 剰余価値率 利潤率
(A) 2 100% 33%
(B) 3 120% 30%
(C) 2.57 129% 36%
ここには新自由主義的蓄積様式の反動性が現われています。労働者の生存権を無視して賃金を下げ、資本蓄積も抑制することで利潤率を上げ、余剰貨幣資本は不生産的な投機に回し、結果的に国民経済を縮小再生産させています。急速な生産力発展というその歴史的使命を果たし終わった経済的社会構成体としての資本主義はもはや歴史の舞台から去る他ありません。
佐藤論文の最後にこうした新自由主義的資本蓄積様式からの脱却の困難が語られています。「巨大な資本を有効活用する方法にしても、そもそも社会的総資本の大部について、その投資決定が少数の大資本の手中にある以上、それを国民が意識的に利用することは極めて難しい」(120ページ)。つまり資本主義的生産関係そのものに問題があるということです。にもかかわらず少なくとも近未来においては資本主義の存続を前提に経済政策を考えざるを得ない、というのが民主勢力の課題であり、それを避けて通れないところに困難性があり、それを克服する実践と理論の創出に挑戦しなければならないのです。
「利潤率の低下の法則」を現状分析の側面から考える際には、まずは資本主義の新興国と先進国(成熟国・停滞国)との関係を取り上げ、次いで先進国における新自由主義構造改革下での「利潤率の上昇」現象を取り上げる必要があります。また分析方法として、資本の有機的構成の高度化に由来する利潤率の低下という生産力的側面からの本筋をまずおさえつつも、生産関係的側面も含めた剰余価値率の動向や実現問題など、この法則に対して様々に働くベクトルを総合的に捉えねばなりません。利潤率は資本蓄積を規定するものであり、それ自身が非常に重要ですが、にもかかわらずそれは一つの現象であって、それをもたらす本質的要因を分析することは不可欠です。日本資本主義における長期停滞(それは先進資本主義諸国にも共通する)を司る資本の高利潤率と低蓄積率というパラドクスを新自由主義的資本蓄積様式として解明した佐藤論文の意義はきわめて高いと言えます。
統計の利用
恣意的な数式例にあまり説得力はないので、素人談義と違って、研究者の論文では現実の経済統計を様々に加工したり解釈を施すことになります。佐藤氏が指摘しているように、たとえば資本の回転の問題があるので、現実の統計からマルクス経済学でいう利潤率を読み取ることは大変に困難です(121ページ)。これは一時が万事なので、統計をマルクス経済学の概念に近似的に引き付け直して利用することになります(ただしその際に両者を混同してしまうことはよく見られる)。佐藤氏もたとえば資本の技術的構成と価値構成について統計から近似的に読み取っています(110-111ページ)。
資本の生産性と労働生産性という言葉も登場します(111ページなど)。ここで注意したいのは、生産性とか生産力というのは本来は直接的生産過程における使用価値的概念だということです。実際には現状分析の論文では、統計的制約から、労働生産性といっても付加価値生産性であることがほとんどです。付加価値生産性であればすでに実現問題を含んでいます。佐藤論文での「資本の生産性」も、分子が付加価値であろうと売り上げであろうと実現問題を含んでいます。112ページでは「生産能力」と「生産性」という言葉が使い分けられ、前者が直接的生産過程の問題を扱うのに対して、後者が実現済みの「売り上げ」(ないしは付加価値)を前提にした概念とされています。生産性という言葉を使うと直接的生産過程の問題だと意識されますし、それは正当な意識です。しかしそこに落し穴があって、「労働生産性が低い」というのは労働者への攻撃になりますが、ほとんど実際には「付加価値生産性が低い」ということであり、実現問題の責任も合わせて労働者に負いかぶせるものです。
「商」としての統計値には注意が必要です。佐藤論文での「資本の生産性」は固定資産に対する売上高ないし付加価値の割合を指します。「資本の生産性」は高度成長期に上昇し、その後下降しましたが、2000年代にまた上昇に転じました。しかしこの二つの上昇はまったく意味がちがいます。前者では固定資産が増大する中で、それ以上に売上高が伸びたのに対して、後者では売上高が停滞する下で固定資産を抑制することで「資本の生産性」の上昇が追求されました(110ページ)。「生産性の上昇」といえば活発な資本蓄積を前提に考えがちになりますが、近年のそれはまったく違うのです。これは「商」としての統計値ではそれ自身だけでなく、それを導く分母と分子との変化をそれぞれに見ないといけない、という重要な教訓です。
利潤率と恐慌論
1970年代はスタグフレーションの時代であり、グリン=サトクリフ・テーゼがはやったのはこの頃でしょうか。賃金と利潤との対抗関係に着目して、賃上げによって利潤を圧縮し資本主義の体制的危機を惹起して革命を起こそうという戦略だったように思います(違っていたらすみません)。しかし危機感を持った体制側は新自由主義構造改革を敢行し、労働運動を抑圧し、イデオロギー制覇も果たして、資本の強蓄積=利潤増の体制を見事に築きました(サッチャー、レーガン等)。1980年代から今日までは新自由主義構造改革の時代とも言えましょう。欧米のことはいざ知らず、少なくとも日本においては、労働運動の弱さから、賃金と利潤との対抗関係はあまり重要な問題にならずにきたと言うべきでしょう。1980年代あたりでは日本資本主義は「優等生」であり(「日本経済上出来論」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」)、プレモダンであるが故にポストモダンであるなどと言われたり、批判側からは資本の法則の過剰貫徹という言い方もありました(この「優等生」の裏で内需不足という日本資本主義の宿痾が形成されていたというべきではないか?)。
しかしバブル崩壊後は一転して日本型システムは集中砲火をあび、米国崇拝の下、憑かれたように新自由主義構造改革に邁進し、悪魔のサイクル(円高→コスト削減→競争力向上→円高→、ならびに コスト削減=賃下げ→内需縮小→輸出ドライブ→コスト削減=賃下げ→)にはまりました。株主資本主義による利潤第一主義のいっそうの強化により、賃金圧縮はますます進み、内需不足は国民経済の縮小再生産に至りました。
恐慌論においては、「搾取の条件と実現の条件とは違う」という重要命題があり、商品過剰と資本過剰との関係が重大問題となってきました。労賃騰貴による利潤圧縮が資本の絶対過剰を導くという宇野恐慌論の命題やグリン=サトクリフ・テーゼは少なくとも日本資本主義には当てはまらず、それどころか利潤率上昇を目指した強搾取によって内需不足による長期停滞に陥っています。この状況下で資本蓄積を抑制することで利潤率を確保する資本主義。利潤率が高くても資本蓄積を抑制する(資本蓄積を抑制するから利潤率が高くなっているのだが)というのは、高利潤率の下で資本過剰に陥っているということになります。これは商品過剰に対する資本の防衛反応だと言えます。商品過剰が利潤率を押し下げて資本過剰を導くという論理展開は以前からありましたが、今や商品過剰が「高利潤率による資本過剰」というパラドクスに帰結しています。これは恐慌論と言うよりもそのヴァリエーションとしての長期停滞論と言うべきでしょうか。
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<2>「『経済』2011年7月号の感想」から(2011年6月28日)
恐慌論をめぐって
不破哲三氏の「『資本論』はどのようにして形成されたか マルクスによる経済学変革の道程をたどる」連載3は、マルクスの資本論草稿に対する文献的研究の形をとりながらも、内容的には不破氏自身の恐慌論(もちろんその全体像ではないけれども)をも提出しています。以下では、マルクスの恐慌論とはいかなるものであったのか、という文献的研究の問題は措いて、不破氏の恐慌論について若干の検討を行ないたいと思います。課題は三つあります。一つは、利潤率の傾向的低下の法則と恐慌論とはどのような関係にあるのか、二つ目は、経済学体系と恐慌論において「資本一般」という方法は放棄されるべきものなのか、三つ目は、「流通過程の短縮」という運動形態の発見は恐慌論においていかなる意義を持つのか、という問題です。
利潤率の傾向的低下の法則と恐慌論との関係については、不破氏の立場ははっきりしていて、両者は無関係というものです。6月号の「連載2」では、前者はもっぱら生産力にかかわるもので生産関係にはかかわらないとして、よってそれは資本主義の危機とも恐慌とも関係ないと断じていました。前回の私の「感想」では、利潤率は剰余価値率と実現問題とに関係し、これらは生産関係とかかわるので、件の法則が生産力のみにかかわるというのは誤りだ、と批判しました。
今号の「連載3」では「『利潤率の低下の法則』は強度に数学的な法則だ」とする立場から、「『利潤率の低下の法則』が資本主義的生産様式が新しい生産様式への交替の歴史的必然性を決定する法則、その意味で経済学の最も重要な、最も本質的な法則だと規定する」マルクスの立場が批判されています(160ページ)。さらには「革命勢力の強弱の度合いにかかわら」ない「強度に数学的な法則」から生産様式の移行にまで論及するのは「経済的崩壊論、自動崩壊論」(同ページ)だとして、厳しく批判されているところに、不破氏の問題意識が端的に感じられます。
しかし私のようなあいまいな文系人間からすると、これは理系の人の割り切り過ぎに映ります。この法則の考察に際して、不破氏は利潤率を量的側面のみから捉えていて、質的側面を無視しています。経済学は資本主義経済を歴史貫通的内容と特殊資本主義的形態との両面から捉えるものです。したがって利潤率の増減だけでなく、資本の運動を形態的に規定する(資本が主人公でない社会では利潤率という形態が生産を規定しない)その質的意義をも捉えることが必要です。「利潤率の傾向的低下の法則」の捉え方としても、「長期的傾向として利潤率が低下していく」という結論部分だけでなく、そこに至る資本の運動の矛盾的経過を全体として捉える、という姿勢が重要だと思います。そこには恐慌論や資本主義の本質論との関連を見い出すことができるでしょう。私としてはこの法則の結論部分には十分に確信は持てないのですが、むしろそれを導こうとして、利潤率を中心に資本の運動を分析したマルクスの方法こそ重視すべきではないか、と考えています。
富塚良三氏の名著『恐慌論研究』(増補、1975年、未来社)に「資本蓄積と『利潤率の傾向的低落』―『法則』の論証、意義、その作用形態―」という論文があります。それを的確にまとめるのは私には難しいのですが、読み取れる範囲で紹介します。富塚氏は、「利潤率の傾向的低下の法則」を「恐慌における市場利潤率の崩落」と直結するのは誤りとしながらも、両者を機械的に切り離すのも批判し、「内的諸矛盾の激成過程としての利潤率の傾向的低落過程が、産業循環の周期的運動として現われ自己を開展するものとして、この連関は把握されるべきではなかろうか」(423ページ)と主張します。
もう少し具体的には以下のようになります。まず『資本論』第3部第3篇で展開される「利潤率の傾向的低下の法則」は、第1部第7篇で明らかになる「資本の有機的構成の累進的高度化にともなう労働者人口の相対的過剰化のメカニズムの反面をなす法則にほかならないこと」(424ページ)を把握することが重要とされます。第1部第7篇では、一方における労働者階級の消費限界の狭さと他方における「生産のための生産、蓄積のための蓄積」という形で、「恐慌の究極の根拠」としての「生産と消費の矛盾」が論定されます。消費制限を無視しての生産の盲目的追求が個別資本に強制されるのは、資本主義生産は「利潤が唯一の動機および目的」(420ページ)であるという事情(利潤という形態の意義に注目!)の下で「利潤率の傾向的低下の法則」が働くためです。利潤率の低下を克服すべく、個別諸資本は特別剰余価値の獲得をめぐって熾烈に競争しますが、新たな生産方法の普及にともなって特別剰余価値は消滅し、社会的総資本にとっては諸商品の価値の不断の低下が帰結され、こうして果てしない資本間競争が強制されます。
「利潤率の傾向的低下の法則」が再生産論=蓄積論体系の総括たる第3部第3篇に展開されていることに、富塚氏は注意を促し、「競争戦の激化を通じて、資本の蓄積と集中を加速し、資本主義的生産の内的諸矛盾を開展せしめる」という「この法則の資本主義的蓄積にたいする意義が把握されねばならない」(420-421ページ)とします。したがって「これを利潤率の単なる結果としての数量的変化の問題としてだけ論ずるならば、法則の意義は明らかにされえない」(421ページ)ことになります。
以上のような資本蓄積の内的諸矛盾の激成過程の把握は(「資本一般」の論理内での、あるいは平均的・標準的考察の下での基本法則的把握の方法的視角での)恐慌の必然性の論証への不可欠の一前提ではあるけれども、この過程から直接に周期的恐慌そのものを導き出すことはできない、ということも富塚氏は断わっています。
「利潤率の傾向的低下の法則」と恐慌・産業循環との関係について、松岡寛爾氏の「利潤率の傾向的低落の法則と産業循環―構造変動の基礎過程―」(同氏『景気変動と資本主義』大月書店/1993年/所収)はよりクリアに捉えています。この労作は、大きな構想を緻密な構成で実現し、委曲をつくして説明したもので、その内容への賛否は別としても、理論構築の偉容を実感できます。それだけに紹介するのは難しく、テクストそのものを注意深く読んでほしい、とさえ言いたいところですが、何とかかいつまんで紹介します。
両者の関係について松岡氏は、直結説、断絶説、次元相違説の三者にまとめています。すると不破説は断絶説に、富塚説は次元相違説になります。松岡氏は直結説と断絶説の対蹠的一面性をそれぞれ指摘し、次元相違説を「二種類の利潤率低落を、抽象の次元の相違という観点から立体的に区別し、そのうえで両者の関連をとらえ」る立場と説明します。利潤率の傾向的低下は資本一般の抽象段階に属し、恐慌局面での急激な利潤率低下は諸資本の競争(いわゆる競争論)の抽象段階に属します。資本一般は総体としての資本を対象とし、長期平均として実在する法則を取り扱い、価値・価格の一致を前提します。「これにたいして、競争論は、体制再生産の運動形態の視点から、個別諸資本の相互強制が生み出すかぎりで、資本の運動法則を解明」(182ページ)し、価値・価格の背離において考察されます。「ふたつの抽象段階は、資本の本質論と現象論の関係にあり」(183ページ)資本一般の諸法則は競争論の諸法則を規制し、後者は前者を執行します(本質は現象を規定し、現象は本質を執行する)。
ところで恐慌時の利潤率の崩落が競争論の次元に属する現象だというのは自明です。一つの産業循環は、不況・活況・高揚・恐慌という各局面を経過し、恐慌での日常利潤率の崩落は、局面的・現象的には不均衡を激成しますが、逆にそれによって長期的(産業循環の一期間)・本質的には均衡を達成します。それをも含めて一産業循環の平均としての平均利潤率が形成されます。転変きわまりない競争(現象)こそが理想的平均としての資本一般(本質)を執行するのです。
それでは利潤率の傾向的低下の法則が資本一般に属するというのはどういう意味になるのでしょうか。傾向的に低下するのは平均利潤率であり、この平均は諸資本間の平均であるとともに、上述のように一産業循環期間における平均でもあります。だから平均利潤率が低下するというのは、数個の産業循環期間にわたっての平均利潤率の推移を見たうえで言っているのです。松岡氏によれば、各産業循環には生産力・剰余価値率などに応じた個性・課題があり、準備循環→淘汰循環→確立循環→典型循環→絶頂循環という5つの産業循環が1セットになって資本主義の小段階を形成します。平均利潤率の動向を見ると、準備循環から淘汰循環にかけては下がり、確立循環から典型循環・絶頂循環にかけては上がり、絶頂循環から次の準備循環にかけては大きく下がります。これは初めの準備循環より下がっています。こうして利潤率の傾向的低下の法則が実現します。また一産業循環をおおむね十年とすれば、一小段階は五十年程度となります。これが景気変動におけるいわゆる長期波動の本質的基礎とされます。
この構想によれば、各産業循環を締めくくる恐慌による利潤率の崩落の程度は前後する循環の個性によって規定されます。たとえば典型循環から絶頂循環へは平均利潤率が上昇するので、典型循環の最後の恐慌は崩落の程度の軽いものとなります。逆に絶頂循環から次の準備循環へは平均利潤率が大きく下がるので、絶頂循環の最後は大恐慌となります。もちろんこのような言い方は経過の全体を後から振り返ってわかりやすく表現しているものであり、実際には前の循環が抱える内部矛盾のあり方がその解決形態としての恐慌のあり方と続く循環の出発点と個性・課題を規定しています。
こうして「利潤率の傾向的低下の法則」と「恐慌時の利潤率の崩落」との関係は以下のように整理されます(以下で「長期」とは一産業循環期間を、「超長期」とは複数の産業循環期間を指します)。
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恐慌局面における日常利潤率の崩落は、長期について平均利潤率法則を執行し、そうすることによって、超長期について利潤率の傾向的低落法則を執行するのである。
230ページ
傾向的低落法則は、平均利潤率の超長期動態法則である。したがって、傾向的低落法則は、日常的利潤率の崩落が執行すべき平均利潤率の水準を規定している。とすれば、傾向的低落法則は、日常的利潤率の崩落のていどを、間接的とはいえ基本的に規定していることになる。 231ページ
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松岡氏のこの見解を支持するかどうかは難しいところかもしれません。しかし少なくとも「利潤率の傾向的低下の法則」と「恐慌時の利潤率の崩落」とは無関係というのは、割り切り過ぎであり、資本蓄積の矛盾をその本質と現象形態において統一的に捉えようとする努力が欠かせないことだけは確かです。その際に、理論の様々な抽象度に自覚的であって、その重層的構築をなし得るか、さらにその理論体系の現実妥当性を説得的に示し得るか、というハードルがあります。これは一見観念的姿勢(理論→現実)とも受け取られかねませんが、現実の経済統計などによる現状分析だけには解消しえない理論研究の独自性を忘れるわけにはいきません。今まさに恐慌論は理論と現状分析の接点のハイライトにあります。
「資本一般」の捉え方
「資本一般」という方法そのものについて、不破氏は多くを語っているわけではなく、詳しくは連載の今後を見る必要があります。しかし「『資本一般』の枠組みを捨て」(143ページ)と肯定的に書かれているところを見ると、マルクスは「資本一般」を捨て、それは正しい判断であった、と不破氏は考えているようです。また6月号の「連載2」においては、マルクスにとって「資本一般」という方法は、恐慌論の自由な展開の桎梏であった、と捉えられているようにも思われます。
そもそも「資本一般」とは何であるか、マルクスはそれを放棄したのか保持したのか、ということは「プラン問題」として長い研究・論争の蓄積があります。不破氏は「『多数の資本』の相互関係をも考察に入れ」「再生産論を第二部に取り込む」(同前)ことをもって、「資本一般」の放棄としていますから、そこでの「資本一般」概念はかなり厳しく絞られています。「プラン問題」の文献的研究においてはそれが争点になりますが、ここではそれは措きます。経済学批判プランの6分冊体系における「資本一般」よりも『資本論』の内容がかなり拡張されていることは共通に理解されていますが、それでも『資本論』の方法は「資本一般」を踏襲したものだとするのが「プラン不変説」であり、『資本論』においては「資本一般」は放棄され、6分冊プランの前半体系3分冊が組み替えられたとするのが「プラン変更説」です。
問題としたいのは、「資本一般」という方法の意義です。『資本論』は資本主義の本質としての理想的長期平均の姿を解明し、産業循環などの具体的現象は「競争論」「信用論」以降において展開される、という重層的理論体系をとる(プラン不変説=資本一般説)のか、『資本論』(ないしはそれに当たる原理論体系)において産業循環の動態などまで解明すべきだとする(プラン変更説=前半体系説)のか、という方法論上の対立が重要な論点です。上記の富塚氏や松岡氏などは、方法的に「資本一般」を支持し、それを不可欠の基礎にして恐慌論なり経済学体系を構築しています。高須賀義博氏も資本一般説の立場をクリアに表明しています。
高須賀氏は、資本一般論としての『資本論』の世界と、競争論以降の論理次元に属する産業循環論の世界との関係を「実体と形態、本質と現象の関係にある」と捉えます。その方法の意義・内容は以下のように明らかにされます。
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『資本論』の世界は産業循環の結果達成される資本主義の長期的構造であり、このもとで剰余価値の生産ならびに分配を明らかにしなければ資本主義の三大階級の経済的基礎は概念的に解明されないというのがマルクスの考え方であった。そしてこのために不可欠の理論的カテゴリーがマルクスの価値概念にほかならない。『資本論』の世界を産業循環論の世界と混同ないし同一視すれば、それは必ず価値概念を歪めるのである。
他方産業循環は、『資本論』の世界、すなわち、「理想的平均における資本主義の内的構造」を自動的に生みだす平均化機構であって、これを解明する基本的カテゴリーは、市場価格(価格、賃金、利子率、為替相場等)である。これらの市場価格カテゴリーに誘導された無政府生産のシステムである資本主義の現実的蓄積が自己矛盾を含むがゆえに恐慌を勃発せしめ、自律的に反転することによって、『資本論』の世界が創出される。
『マルクス経済学研究』(新評論、1979年) 247ページ
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さらに宇野派の大内秀明氏に対する批判によって資本一般説の意義はいっそう明確になります。
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方法論的に問題なのは、大内氏の立場では『資本論』の世界がまさに「永遠にくりかえされる如く」発現する産業循環の世界とまったく同じものになってしまい、「理想的平均における資本主義的生産様式の内的構造」論が原理的に消失してしまう点である。それは、産業循環を貫いて価値法則が貫徹する結果成立する資本主義の長期的構造にほかならず、それゆえにこの構造を概念的に叙述するためには価値・価格一致の想定が必要であり、換言すれば、理想的平均的資本主義は価値・価格一致を想定して描かれる資本主義像でもあったのであるが、それを否定して、循環運動をくりかえす円環的運動体の描写こそが経済学原理論の対象であるとすれば、そこから帰結されることは、価値概念の空洞化であり、本質論を欠く現象論である。 同前 245-246ページ
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大内氏は「マルクスの市場価値論を拡張して」「市場価値の循環的変動を説いている」のですが、「この考え方は社会的に拡大された需要供給論であって、労働価値論と相入れないことは詳論するまでもないであろう」(246ページ)と、高須賀氏の批判はなかなか峻烈です。
ただし高須賀氏は「資本一般」=『資本論』には恐慌論は本来は含まれないとまで極論し、通説的恐慌論を否定して、たとえば富塚恐慌論では「資本一般」に循環的構造論が「密輸入」される(宇野派では堂々と導入されるが)ことで、資本主義の内的構造論があいまいにされた、と批判します(243ページ)。どうも高須賀氏の「資本一般」=理想的平均的資本主義はあたかも無矛盾なシステムのように捉えられてしまっているようです。資本一般と産業循環とが本質と現象の関係とされていますが、後者の運動によって前者が生み出されるという関係ばかりが強調され、前者の矛盾が後者の運動を生み出すという関係が見落とされて、ここでの資本一般はひたすら受動的で生気がなくなっています。松岡氏が言うように、「本質は現象を規定し、現象は本質を執行する」のであり、両面から見なければなりません。「価値概念の空洞化」や「本質論を欠く現象論」を防ぐ意味で資本一般論は大いに存在意義があるのですが、それを保証するのは「価値・価格一致の想定」です。この前提の下で資本一般論が資本蓄積の諸矛盾を含めることは何ら問題ありません。したがって「資本一般」=『資本論』に恐慌論が含まれることは問題ないどころか、資本の本質究明にとっては不可欠の内容であろうと思います。
「流通過程の短縮」と恐慌論
不破氏は、マルクスによる「流通過程の短縮」の発見によって、恐慌の運動論が確立し、「恐慌の周期性の問題に、見事に理論的な解決が与えられた」(前掲「連載3」、147ページ)と評価しています。確かに「流通過程の短縮」論が恐慌論において重要な意義を持つことは間違いありません。しかし率直に言ってここには過大評価があると言わざるを得ません。「『流通過程の短縮』という運動形態を推進の基軸に据えて」(同前)と言われますが、「流通過程の短縮」は恐慌のいわば舞台装置であって、推進の基軸ではありません。確かにそれによって資本蓄積がフレクシビリティを獲得することで「生産と消費の矛盾」が潜在的に増大し、恐慌の発現が激化されます。このように「流通過程の短縮」は事態を延期し深刻化させる場を提供するのですが、「流通過程の短縮」論は主体たる資本の過剰蓄積衝動そのものを解明したものではありません。したがってそれは産業循環の推進動機を描くことはできないので、産業循環の全体像には迫れません。不破氏が「経済循環のシミュレーション」として紹介している箇所も、好況が過熱に至り、恐慌として瓦解する過程は描かれますが、恐慌から不況を経て立ち直っていく過程は欠けています。
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市場経済では、どんな場合でも、さまざまな動揺や不均衡が起こります。しかし、需要と供給の変動に伴う価格の動揺の場合に見られるように、不均衡が起これば反対作用が起こって均衡を回復する、こういう均衡回復の作用が働くところに、市場経済の独特の性格があります。ところが、過剰生産の場合には、この均衡回復作用が発動せず、生産と消費との矛盾が累進的に拡大して、ついにはその強力的な解決である恐慌にまで至るのです。それはなぜか。ここに、恐慌の運動論が解決すべき大きな難問の一つがあったのですが、「流通過程の短縮」という運動形態の発見は、この問題を解決する力をもっていました。
145ページ
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以上のように不破氏は問題の核心を的確に捉えて、非常にわかりやすく提起しています。ただし「解決」は不十分です。
ここからは市場経済と資本主義経済との関係を立体的に捉えて、恐慌=産業循環の動態を具体的に解明する課題が浮かび上がってきます。私の知るかぎりではそれに迫った労作としては、松岡寛爾氏の「静かな均衡化と暴力的均衡化―競争論における試論―」(前掲『景気変動と資本主義』所収)を上げることができます。この論文は、需給変動と価値・価格の不一致とを前提とする「競争論」の論理次元で、市場経済の静かな均衡化と資本主義経済の暴力的均衡化との立体的関係を解明して、恐慌=産業循環の全過程を描いたものです。
通俗的には(あるいは学問的に新古典派理論によって)、価格メカニズム=静かな均衡化によって市場経済の不均衡は解決されると信じられています。しかし松岡氏によれば、それは本来は単純商品生産という基盤が前提となって可能なのであり、資本制生産においては恐慌=暴力的均衡化が不可欠となります(近年、一世を風靡した市場原理主義が不況に対してまったく無効なのは、単純商品生産表象で資本主義を捉えるという致命的欠陥が大本にあるためだと私は考えています)。
ところが資本制生産においても、静かな均衡化はなくなるわけではありません。その本来の作用基盤はなくなっても、その形式としての価格メカニズムは、資本制の下で新たな作用を営むことになります。それでは資本制は単純商品生産とどう違うのか。「価値増殖を目的とする資本は、その本性として蓄積衝動をもって」おり「蓄積は、個別資本にとって生存条件であり、競争によって強制される法則で」す(55ページ)。したがって厳しい生存競争の中で「追加投資は追加投資をよび、各個別資本は、相互に強制しあって、追加投資を一時期に集中させ」、「このような相互作用の社会的集計は、超過需要の継続的・構造的発生をものがたる」(56ページ)ことになります。ところで固定資本の補填・追加は「周期的恐慌の物質的な一基礎」と言われますが、それはあくまで資本蓄積にともなう超過需要発生機構が「固定資本の再生産をその運動のなかへひきずりこむことによって」(57ページ)成立するものなので、さしあたっては捨象して考えることができます。ほかの様々な要素も同様です。こうして周期的恐慌=産業循環の推進基軸は、蓄積衝動をもつ資本そのものであると捉えることができます。あれこれの舞台装置を導入する以前のシンプルな資本によって、競争論の論理次元において、恐慌=産業循環の動態を解明することが可能です。
松岡氏は短期(日常)・中期(局面)・長期(一産業循環)の三つの視点をすえ、一産業循環を4つの局面に分けます。諸資本の競争による超過需要の継続的・構造的発生に対して、静かな均衡化=市場メカニズムは日常的変動を各局面条件に向かって均衡化していくけれども、それは同時に一産業循環という長期の視点から見れば不均衡の蓄積となります。それはもはや静かな均衡化によっては解消されず、暴力的均衡化としての恐慌によって解決されます。
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資本制生産における静かな均衡化は、日常的諸変動の局面諸条件基準での均衡化と同時に、局面諸条件の本質的・長期的諸条件基準での不均衡化をもたらす。それは、局面条件の本質的・長期的諸条件基準での均衡化に関しては、まったく無力であり、そこに限界をもつ。これにたいして、暴力的均衡化は、静かな均衡化の限界をこえたところで作用し、局面諸条件を本質的・長期的条件にむけて均衡化するが、逆に、中期的経済諸量を不均衡化し、さらに著者の考えるところでは、景気回復のメカニズムを設定する。
このように暴力的均衡化は、過去の長期にたいする本質的均衡化であり、現在の中期にたいする現象的不均衡化であり、著者の考えでは、つづく将来の産業循環の出発条件を設定するとすれば、それは、恐慌が、諸矛盾の爆発であり、強力的調整であり、つづく循環の準備であるという把握につうじるものである。また、景気回復のメカニズムが著者の思考するようなものであるなら、恐慌は産業循環をみずからのうちに含蓄しているという理解にも、つうじるといえるであろう。 85ページ
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ここで不破氏の問題提起に立ち返れば、生産と消費の矛盾が累進的に拡大し恐慌による強力的解決に至るに際して、確かに「流通過程の短縮」という運動形態が大きな役割を果たすことは間違いありません。しかしそれ以前に、市場経済と資本主義経済の均衡化機構そのもののあり方(その立体的関係)を、主体たる資本の本性との関係において考えることが必要であり、その上で様々な条件、いわば舞台装置を導入していけばよいでしょう。この前提を抜きに産業循環の「原因」をあれこれ探ることは本質論なき現象論に陥る危険性があります。恐慌論から単なる産業循環論への「発展」ではなく、恐慌=産業循環論への深化が求められます。「恐慌の運動論」とはそのようなものでなければなりません。
連載2と3の中における、不破氏の恐慌論への言及は以下のような流れを持っているように思われます。
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(1)当初、マルクスは「資本一般」の枠内で恐慌の必然性を主張するため「利潤率の傾向的低下の法則」にその根拠を求めたが果たせなかった。
(2)「多数の資本」の相互関係をも考察に入れ、再生産論を第二部に取り込むために「資本一般」を放棄した。第二部の執筆過程で「流通過程の短縮」が恐慌の運動論の構築に有効であることに気づいた。ここに「資本一般」から解放された、恐慌の運動論が成立し、産業循環過程を描くことができた。
(3)恐慌を含む産業循環論を成立させることで、必ずしも恐慌によって資本主義体制そのものが瓦解してしまうわけではない、という認識に達した。
(4)こうして恐慌による資本主義の自動崩壊論(あるいは恐慌を革命に直結させる理論)を克服することができた。
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以上はマルクス自身の認識の深化として描かれていますが、もちろん不破氏の問題意識に基づいて整理されたものです。マルクスの経済学研究と革命論との深化を合わせて提起するというのは、まさに不破氏ならではの優れた発想であり明快でもあります。しかしながらその前提である恐慌論(ならびに経済学体系の方法)の取り扱いに疑問が残ります。マルクス自身の恐慌論研究の深化がどのようなものであったか、という文献学的問題はここでは措きますが、不破氏が、「資本一般」という本質論を欠いた産業循環論をもって、恐慌論の深化と考えているとするならば、危ういと思います。だから経済理論と革命論(ならびに実践運動)との相互発展という美しい図式については、それが成立するならばよいと思いますが、そこにある経済理論(恐慌論)の中身そのものは検討を要します。
以上、わずかな古い知識だけに頼って議論するのはいかがなものか、とは思いましたが、「素人なりの理論的使命」もあるのではないか、という不遜な気持ちもわいてきて拙文を書きました。妄言多罪。
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<3>「『経済』2011年10月号の感想」から(2011年9月28日)
恐慌論をめぐって(続)
(1)「資本一般」の意義
不破哲三氏の「『資本論』はどのようにして形成されたか マルクスによる経済学変革の道程をたどる」の連載全6回が完結しました。今回は当初の予定とは異なり、最終章として「いわゆる『プラン問題』とマルクスの経済学説の発展」が加えられ、筆者の見解がより明確になりました。
ところで、マルクスのテクストへの解釈を中心とするこの労作を読み込むためには、本格的には『新MEGA』原書を参考にすべきであり、少なくとも邦訳の『資本論草稿集』は読んでいなければなりません。不破氏は随所に新MEGAの編集を批判するほどに本格的にテクストを読み込んでいるのだからそうすべきでしょう。しかし私ごときにそのような資力・時間・能力はありません。そこで残されたわずかな余地として、以下では恐慌論へのかかわりを中心に、この論文に現われた筆者の考え方を若干検討します。
論文では、『1857〜58年草稿』の6分冊プランは現行『資本論』構想にとって変わられたとされます。確かに「賃労働」や「土地所有」の問題などを見ると、6分冊プランがそのままの形で維持されると考えることは不適当かもしれません。ただしプラン問題の核心は「資本一般」という方法にあり、これが『資本論』体系にも維持されているのか否かが重要です。これについても不破氏は、「資本一般」の構想から現行『資本論』構想への転換(156ページ)を主張し、プラン変更説の核心を保持しています。
不破氏は「資本一般」を頭から否定しているわけではありません。
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経済学の諸概念を科学的に規定しないまま過ごしていたことは、古典派経済学の悪しき特質の一つでしたから、「資本一般」の枠組みから出発するという方法論は、資本主義経済の基本的な諸規定の交通整理を行い、諸範疇を科学的につかみだしてその内容を規定し、また新しい概念をつくり出し、その内的な脈絡を明確にする上で、大きな有効性を発揮したと思います。 149ページ
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このように方法的に高く評価しながら、研究全体を「資本一般」の枠組みで限界づけることの問題点を指摘しています。その主なものは「資本の流通過程」の研究において実現問題への接近をはばんだこと、剰余価値の利潤への転化の意義を看過させたこと、平均利潤率形成過程の考察をはばんだこと、「利潤率低下の法則」に資本主義没落の必然性を見させたこと、などです(149-150ページ)。しかしこれらは「資本一般」そのものの方法的欠陥ではなく、それを狭く捉え過ぎることや適用の誤りによるものです。
実際、「資本一般」構想の枠内で地代論や再生産論や平均利潤率の形成過程が展開されるようになったことが論文でも紹介されています(155ページ)。ここでは、「多数の資本の相互関係を考察の枠外に置く」といったような狭い「資本一般」から、「資本主義経済を理想的平均状態において考察する」という大枠的な「資本一般」へと拡張されている、と考えられます。ここでマルクスが「競争」を「資本一般」に吸収してしまう決断をした、と不破氏は評しています(同ページ)が、ここに問題の鍵があります。このように拡張された「資本一般」に収まるような「競争」だけでなく、それをもはみ出してしまうような「競争」があります。それは需給不一致の下で価値(生産価格)から乖離する市場価格の短期的運動のあり方をつかさどる「競争」です。ここに「資本一般論」と区別される固有の「競争論」の領域を想定することができます。
ここからの私の問題意識は、マルクスのテクストへの内在からはずれて、価値論や恐慌論をいかに構築していくかに傾きます。需給一致ならびに価値・価格一致を前提する理想的平均状態の資本主義(「資本一般」次元)の下で労働価値論が論証され、それを基礎にこの前提を取り外した市場価格の日常的変動(「競争」次元)を捉えることが必要です。このように上向法で価値・価格を概念的に捉えるために「資本一般」から「競争」へと論理次元が重層的に構築されます。恐慌論も同様であり、理想的平均状態の資本主義(「資本一般」次元)に内在する矛盾が、日常的な需給不一致の下で市場価格に先導(扇動)され恐慌=産業循環という変動を形成する(「競争」次元、逆にまたこれの長期平均像として結果的に「資本一般」の世界が生み出される)、その姿を上向的に捉えることが必要です。
いずれにせよ資本主義経済を本質から現象へと概念的に把握する上で、需給一致ならびに価値・価格一致の前提を境界線に置いて、「資本一般」から「競争」へと上向する重層的理論体系を構想すること―これを、プラン問題から学び今後の理論的展開に生かしていくべき方法的核心と考えたいと思います。
『資本論』が「資本一般」次元ならば、そこでは、資本主義経済の本質から生じる恐慌の必然性が捉えられ、恐慌=産業循環の具体的動態は別に「競争」次元で展開されます。繰り返しになりますが、「資本一般」論で労働価値論が論証され、恐慌の必然性が基礎的に論定され、「競争」論で市場価格の運動と産業循環の具体的動態が分析されます。両者が相まって資本主義経済システムと恐慌の本質と現象が全体的に捉えられます。恐慌の必然性を捉えるだけでは飽き足たらず、恐慌の運動論をも捉えようとするのは当然ですが、そこで逆に産業循環の現象を解明するだけで満足してしまうと問題です。恐慌=産業循環が資本主義経済の平均化システムとして機能し、長期平均的には「資本一般」の世界をつくりだすことを見ることが必要です。人類史の一段階としての資本主義経済体制の存続原理をここに見るのです。市場原理・価格メカニズムが資本主義経済の均衡化機構である、という通念(単純商品生産表象で資本主義を捉える立場)との正面対決がここにあります。「市場原理主義」批判として、その前提の非現実性・抽象性・アンティヒューマニズムなどがよく批判されますが、より本質的には、恐慌を資本主義にとって本質的必然的なものと見るか外部的偶然的なものと見るかが問われるべきでしょう。商品経済の価格メカニズムをも包摂した資本主義の恐慌=産業循環のシステムが資本主義経済体制の存続原理であることを解明して、そのアンティヒューマニズムの根源性を明らかにすることが重要です。この辺はまあ蛇足でしょうか。失礼しました。
(2)『資本論』第3部・第2部と恐慌論
「利潤率低下の法則」が扱われる『資本論』第3部第3篇は恐慌論にも論及しています。不破氏は「恐慌論の転換(運動論の発見)以前に書かれた」(136ページ)この部分は、要注意だと指摘しています。その根拠として1868年4月30日にマルクスがエンゲルスにあてた手紙を紹介しています。その中でマルクスは第3篇については、生産力発展による資本構成の高度化からこの法則を解明した経済学上の画期的意義を述べるのみで、恐慌論には言及していません。だから「第三篇旧稿にあった、この法則を恐慌論や体制的危機と結びつけて議論した部分はすべて取り除く」(同前)のが「恐慌論転換以後」のマルクスの真意だと、不破氏は見ています。しかしこの手紙は第3部の内容を全面的に説明したものではありません。マルクスは「君が利潤率の展開方法を知っておくということは、好都合だ。だから、君のためにごく一般的な形で道筋を述べておこう」(国民文庫『資本論書簡2』136ページ)として、第2部と第1部に簡単に触れた後に「次に第三部では、われわれは、そのいろいろな形態および互いに分離した諸構成部分への剰余価値の転化に移る」(同前、137ページ)として第3部の各編について説明しています。この主題から見て、第3篇の説明でも恐慌論に言及しないのは当然です。したがってこの手紙にそうした言及がないからといって、第3篇から恐慌論を除くべきだとマルクスが考えていた、ということは必ずしも言えません。
それでは第3篇に「利潤率低下の法則」と恐慌論が混在することをどう捉えるべきでしょうか。私も「利潤率低下の法則」と恐慌論を直結することには反対です。しかし利潤率そのものは恐慌論にとって不可欠であり、第3部第1・2篇で剰余価値の利潤への転化、平均利潤率と生産価格の形成が解明された後に、利潤率と恐慌との関係を考察するのは自然なことです。「利潤率低下の法則」は生産力発展にしたがって淡々と利潤率が低下していく、という内容ではなく、諸資本の競争などをめぐる矛盾した資本蓄積の諸相の分析をともなうものであり、その部分が恐慌論との一定の関係を持ちます。したがって第3篇から恐慌論を放逐してしまうのではなく、内容を整序して、「利潤率低下の法則」を考察しながら、利潤率と恐慌との関係を探究するのがマルクスの本意に沿うことではないかと想像します。第1部第7篇との関連でもこれは言えます。「資本構成の高度化を資本主義的生産の躍進の指標として意義づけた第一部の蓄積論」(136ページ)という生産力発展への不破氏の着目は事実の一面であって、他面ではそれが労働力需要の相対的減少に帰結し、相対的過剰人口を生み出し、両面相まって「生産と消費の矛盾」が(直接的生産過程の分析という枠内、つまり資本の流通過程の捨象という次元ではあるが)事実上、潜在的に指摘されるのがこの篇です。つまり第1部第7篇から第3部第3遍への展開を、生産力発展論という一本線で結ぶのではなく、恐慌論とあざなわれた二重螺旋で結ぶのが適切であると考えます。
より根本的問題は、1865年の第2部草稿執筆過程における「恐慌の運動論の解明という大発見」(156ページ)が、恐慌論の転換のみならず、「著作全体の構想に決定的な影響をおよぼ」し「「資本一般」の構想から現行『資本論』構想へと転換」(同前)させるほどの画期的なものなのか、ということです。さらには、この大発見により産業循環論が形成されることで、恐慌と資本主義体制の危機=革命とを直結する見方を克服し、資本主義の高度な発展の中で社会変革の客観的・主体的条件が成熟していく、という新たな革命観へ転換させた、というほどの重要事なのか、が問題となります。
まず疑問とされるのが、これほどの重大な転換の全体像についてマルクス自身が説明している箇所が不破氏の労作の中に明示されていないことです。マルクスの大発見ではなくて、不破氏の大発見なのではないか、という疑問が残ります。それ以上の問題点は、「流通過程の短縮」の発見を恐慌の運動論の解明における決定打とする見方です。これについては「『経済』7月号の感想」の中で詳しく書きました。「流通過程の短縮」は恐慌のいわば舞台装置であって、推進の基軸ではありません。産業循環のメカニズムは、資本の過剰蓄積衝動を推進基軸として、需給不均衡下での市場価格カテゴリー(価格、賃金、利子率、為替相場等)の日常的変動を「競争」論次元で解明することがまず基本となります。この分析を支える考え方なり舞台装置として「流通過程の短縮」とか「固定資本の補填」などがあります。
もっとも、恐慌と革命の直結論を克服するには、資本主義の発展論とともに、恐慌を産業循環の一環として捉える見方があればよく、何も産業循環のメカニズム全体を解明する必要はありません。そういう意味では「流通過程の短縮」の発見を一つのきっかけとして、マルクスが恐慌論と革命論を転換した可能性はあります。しかし文献考証的には、そのきっかけを「流通過程の短縮」一つに絞るのが適当か、という問題があり、経済理論としては上記のように「流通過程の短縮」に対する過大評価が問題となります。
このように見ると、1865年以降あたりに「恐慌の運動論の発見」によって恐慌論と経済学構想ならびに革命論を転換する特定の時期を設定して、その前後でマルクスの理論に対する評価を変える、という新たな見方は疑問とされねばなりません。たとえばその立場から、この転換時期以前に書かれた現行『資本論』第3部第3篇は未熟なのでそこから恐慌論を追放すべきだ、というのは、恐慌論の本来の発展方向をふさぐことになるのではないでしょうか。
この問題は第2部とも関係します。恐慌についての「まとまった展開を『資本論』全三部のどこで行うのか」(143ページ)と不破氏は問い、第2部であろうと答えています。第3部ではない根拠を不破氏は次のように論じます。恐慌についての基本命題が1864年執筆の第3部第3篇で定式化されているので、当時マルクスはここで恐慌論を展開するつもりだったようだが、「第一巻刊行の後に書いた第三部構想には、その考えはまったく姿を消しています」(143ページ)と。しかし「第一巻刊行の後に書いた第三部構想」というのが、先に登場した1868年4月30日のエンゲルスあて手紙を指すならば、そこで述べたようにこれは第3部構想ではなく、「利潤率の展開方法」あるいは「いろいろな形態および互いに分離した諸構成部分への剰余価値の転化」という限定された主題について説明したものであり、そこに恐慌論が登場しないのは当然です。それは第3部において恐慌論を不要とする根拠とはなりません。
次いで、この第3部第3篇にある(生産と消費の矛盾に関する)恐慌についての基本命題と同様のものが第2部第2篇に「注」として登場することが指摘されます。有名ないわゆる「注32」で、論争のあるところですが、不破氏は第2部第3篇の再生産論で恐慌が論じられることを示している注だと解釈します。それに異存ありませんが、問題はどのような恐慌論が想定されているかです。通説的な恐慌論では、ここでは「恐慌のいっそう発展した可能性」が論じられる、というように抑制的な調子となります。しかし「恐慌の運動論の発見」を前面に、第3部での展開をも排して、第2部で「恐慌の総括的解明」(144ページ)をするという不破氏の構想では、産業循環論をも含めた「総括」的展開が予想されます。しかし『資本論』の体系性を考慮すれば、第3部で登場する利潤概念・商業資本(=「流通過程の短縮」の具体的中心的担い手)・信用などがここではまだ捨象されており、とても「恐慌の総括的解明」に至るとは思えません。
実は、恐慌についてのまとまった展開を『資本論』全3部のどこで行うのか、という初めの問題提起そのものに問題があります。通常は、『資本論』なり「経済学批判プラン」なりに沿って恐慌論も体系的に積み上げて構成されます。抽象から具体への論理次元の上向として恐慌論は組み立てられます。資本主義経済の本質的・体制的・総括的矛盾である恐慌は経済学体系の総がかりで取り組むべきものであり、そこをはずせば産業循環についての現象論に陥る危険性が出てきます。商品経済の本質的解明に始まり、資本主義的搾取と資本蓄積の動態をおさえ、恐慌の必然性を基礎的に論定して、産業循環現象と「世界市場と恐慌」の総括的解明に至る、マルクスの壮大な経済学批判体系を生かして発展させることが大切ではないでしょうか。
「資本主義の病理をもっとも深く解明した経済学者であると同時に未来社会を探求しその実現のためにたたかい続けた革命家であったマルクスの真骨頂」を「マルクスの経済学説の発展とその革命理論の発展とのあいだの内面的な相互作用」(162ページ)に見る、というのが論文の結論です。ただしそれを1865年以降の特定の時期を中心にして具体的に論証しようとした不破氏の試みは果たして成功したでしょうか。いまなお別様に論証されるべき命題として残っているように私には思えます。しかしこの結論の美学はマルクス自身のものであり、不破氏のものであるにとどまらず、私たちのものでもあります。それを導きの糸としてより勉強していきたいものです。
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<4>「『経済』2012年5月号の感想」から(2012年4月26日)
『資本論』形成史研究における問題点
山口富男氏は不破哲三氏の近著を評して以下のように結論付けています。
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マルクスの『資本論』形成史のダイナミックな展開過程と理論的飛躍の峰、第一部完成稿の画期的内容の解明は、『資本論』を深くつかみ直すための、新しい認識点をもたらしました。その内容は、現代の資本主義論、未来社会論の展開にも、大きな力となるものです。さらに、経済学説と革命論の歴史的展開の密接な関連の解明は、マルクスの経済学と革命論研究に、「新たな視野」を開くものです。
「経済学の変革とマルクスの理論的飛躍 不破哲三『「資本論」はどのようにして形成されたか』を読む」 94ページ
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世の資本主義批判の経済学研究がしばしば病的・閉塞的な一面性に陥りがちになる傾向があるのに対して、不破氏の研究は全面的・発展的であり、独特の明朗な健全性を感じさせる点に大きな魅力があります。今回の『資本論』形成史研究に関する山口氏の上記の指摘もそのような側面を捉えており、多くの人々が不破氏の新たな労作に挑戦する助けとなるでしょう。
ただしこの労作が広く読まれるべきであるということは、読者が自分の頭でそれぞれに『資本論』なりマルクス経済学なりを考えることとは矛盾しません。すでに私は『経済』2011年7月号と10月号とへの感想において不破氏の研究の一部に対するいくつかの異論を提起しました。ここではその中から一点だけ再説します。
不破氏は『資本論』第3部第3篇「利潤率の傾向的低下の法則」から恐慌論を取り除くべきだということを主張し、マルクス自身もそのように考えていた証拠として、1868年4月30日にマルクスがエンゲルスにあてた手紙を挙げています。しかしそこでのマルクスは「利潤率の展開方法」あるいは「いろいろな形態および互いに分離した諸構成部分への剰余価値の転化」という限定された主題について述べており、第3部の構想という総体的な内容は展開していません。したがってその中の第3部第3篇についての説明において恐慌論に言及されていないからといって、第3篇にもともとあった恐慌論をなくすようにマルクスが方針転換した、という証拠にはなりません。
さらにいえば、この手紙における第3部第4篇の商人資本についての説明でも当然のことながら恐慌論への言及はありません。しかし不破氏はそのことには触れず、恐慌の発現過程において商人資本が果たす役割をマルクスが具体的に研究していることを別の箇所で明らかにしています(山口論文、87ページ)。同じ手紙の第3篇の説明に恐慌論がないことをことさらに強調して、第3篇から恐慌論を削除すべきだと不破氏は主張しているのだから、第4篇の説明でも同様にないことに触れて、第4篇からも恐慌論を削除するように主張しなければ首尾一貫しません。ここには、もともとマルクスが恐慌論について述べるはずもない手紙を取り上げて、そこに恐慌論がないからといって、第3篇から恐慌論を追放しようとした矛盾が鮮やかに現れています。
これは資料解釈における小さくない誤りであり、現行『資本論』第3部第3篇の内容に根本的な疑問を差し挟むという、不破氏の大胆な問題提起そのものの妥当性を揺るがしかねないものです。もっとも、その問題提起には、マルクスの真意に対する解釈の問題と、不破氏の「恐慌論」観の問題が絡み合っているので、ここではマルクス解釈に絞ります。
私は国民文庫『資本論書簡2』136〜143ページを読んでこの誤りに気付き驚きました。私も含めて多くの読者は「草稿」「手紙」などの資料類に触れる意志や能力を残念ながら持ち合わせていません(今回はたまたま触れることができましたが)。資料利用については掲載論文を信用して読むしかないという状況でしょう。しかし優れた研究者といえども誤りはありうる、という当たり前のことを確認しただけでも今回は良しとしなければならないのでしょうか。ここには、学会誌とか学術専門誌とは違って、一般の読者をも対象とする『経済』における一つの編集上の課題があるように思えます。
ところで今号の山口論文だけでなく、「しんぶん赤旗」『前衛』にも不破氏の近著の書評や紹介がいくつか載ってきました。書評の標準的なスタイルとしては、全体的には好意的な内容であっても、部分的には批判し注文したりするのがむしろ通例です。しかし不破氏の今回の労作に対してはそれがありません。新鮮で大胆な問題提起を含む著作に対してはそれにふさわしい反応があってしかるべきではないでしょうか。誤りを指摘したり異論を提起することを抜きに理論の発展はありません。無視あるいは崇拝という両極を排し、学術論文として正当に取り扱うということが、誰の著作であれ、労作(の名にふさわしいものであるならば)を真に尊重する姿勢であると思います。現状では、日本共産党において、不破氏を継承する優れた社会科学研究家たちが現れるのだろうかと心配になります。先日の消費税増税阻止等の「提言」に見られるように、個々の分野の理論・政策においては新鮮で堅実な展開がありますが、さらにはそれらを統括する科学的社会主義の理念的前進を図り、イデオロギー的にも人々、とりわけ若い人々を魅了できることを目指すことが必要です。今それは追求されていると思いますが、今後いっそうそのような任を担える後継者たちが育っていくような自由闊達な民主的気風が確立されねばなりません。
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<5>「『経済』2017年10月号の感想」から(2017年9月30日)
(1)第3部第3篇理解への不破哲三氏の問題提起
不破哲三氏の「『資本論』全三部を歴史的に読む(第6回)」は、『資本論』第3部第3篇の中の第13章「この法則そのもの」は輝かしい章だが、第14章「反対に作用する諸要因」と第15章「この法則の内的諸矛盾の展開」は不要であり、マルクスもそう扱っている、と主張しています(131ページ)。その根拠について不破氏は以下のように説明します。
――マルクスが1865年前半執筆の第2部第1草稿で恐慌の運動論を発見したことで、マルクスの経済学全体にかかわる大変革が起こされた(123ページ)。第3部第1〜3篇は1864年後半、第4〜7編は1865年後半の執筆なので、「大変革」より前に書かれた第1〜3篇の内容は要注意だ。ただし第1・2篇は充実した力作で問題ない。問題は第3篇であり、第13章は必要だが、第14・15章は不要だ。それは1868年4月30日のエンゲルス宛の手紙においてマルクスが示唆している。この手紙でマルクスは、第1・2篇について詳しく説明しているが、第3篇については第13章の部分だけを要約し、他2章にはまったく触れていない。「このことは、第三篇について、マルクス自身がその内容を大きく変えるつもりでいたことを示すものです」(124ページ)。――
しかしこの手紙は『資本論』の内容を全面的に説明することを目的にしていません。「君が利潤率の展開方法を知っておくということは、好都合だ。だから、君のためにごく一般的な形で道筋を述べておこう」(136ページ、『資本論書簡』2、国民文庫、1971)という限定された主題を扱っています。「利潤率の展開方法を知」るという課題に照らせば、第1・2篇には、利潤・利潤率・平均利潤率・生産価格といった基本的な概念が登場するのだから丁寧に説明するのは当然です。第3篇第13章は利潤率の傾向的低下の法則そのものを扱っていますからこれも必要でしょう。第14章は法則そのものの補足であり、第15章は「利潤率の展開」そのものよりも、利潤率の視角からする資本主義の本質論なので、限られた主題を述べるために出された手紙において、両章の説明が省かれる可能性はあります。だから少なくともこの手紙に第14・15章の説明がないからといって、それが『資本論』の中でもはや不要になった、とマルクスが考えるに至った、という証拠にはなりません。
したがって不破氏の第14・15章不要論(以降、単に「不要論」と略記)をマルクスも共有していたかどうかは不明です。マルクスが第14・15章を不要と考えていたという不破氏の推論を文献的に考察することは私には無理ですので、『資本論』を読むことで、以下では「不要論」そのものの成否について考えてみます。
『資本論』第3部第3篇は第13・14・15の三つの章で形成されています。これはエンゲルスの編集による章立てです。エンゲルスによる第2部と第3部の編集については、近年の研究によって多くの問題点が指摘されており、不破氏もいろいろと問題にしていますが、この章立てそのものについては不問としていますので、現行『資本論』を読むことで「不要論」を検討したいと思います。
第3篇は利潤率の低下を主題にしているので、主に資本主義の限界や停滞性を論じていると思われがちですが、改めて読んでみると資本主義による生産力発展についても強調されていることが分かります。利潤率の低下をもたらすのは資本主義下での生産力発展であり、それは同時に利潤量の増加をもたらすことをマルクスは力説しています。それを第13章から引用します。なお第13章の最後の部分(新日本新書版第9分冊では386〜395ページ)は、マルクスの草稿では、現行『資本論』の第15章に当たる部分からエンゲルスが編集して加えているので、それより前から引用します。
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資本主義的生産様式の進展につれて、労働の社会的生産力の同じ発展が、一方では利潤率の累進的下落の傾向となって現われ、他方では取得される剰余価値または利潤の絶対的総量の恒常的な増大となって現われるのであり、その結果、全体として見れば、可変資本および利潤の相対的減少には両者の絶対的増加が照応する。この二面的な作用はすでに示したように、利潤率の累進的な下落よりも急速な、総資本の累進的な増大となってのみ現われうる。絶対的に増大した可変資本を、より高度な構成のもとで、すなわち不変資本のより強度な相対的増加のもとで使用するためには、総資本は、そのより高度な構成に比例して増大するだけでは十分ではなく、それよりもっと急速に増大しなければならない。その結果、資本主義的生産様式が発展すればするほど、同じ労働力を就業させるためには、まして増大する労働力を就業させるためにはなおさら、いっそう大きな資本分量が必要になってくる。したがって、労働の生産力の増大は、資本主義的基盤の上では、必然的に、永続的な外観的過剰労働者人口を生み出す。
『資本論』新日本新書版第9分冊、381ページ
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これは第13章が、不変資本と可変資本との区別に基づいて利潤率低下の原因を解明した後で、それが資本主義経済の運動にもたらすものをまとめています。その前には「労働の搾取度が変わらない場合には、またそれが高くなる場合にさえも、剰余価値率は、恒常的に低下する一般的利潤率で表現される」(364ページ)と指摘して、剰余価値率と利潤率との関係に触れています。剰余価値率は生産力発展によって上昇するだけでなく、労資の階級闘争によっても左右されます。そういう剰余価値率が利潤率の動向に影響を与えます。上記381ページからの引用に、資本蓄積の進行に伴う相対的過剰人口の増大に言及されている点も考え合わせると、「一般的利潤率の累進的な低下の傾向は、労働の社会的生産力の累進的発展を表わす、資本主義的生産様式に特有な表現にほかならない」(同前)という指摘が重要です。生産力発展は利潤率の傾向的な低下をもたらしますが、それは同時に資本による利潤量の増加の追求をもたらします。こうした利潤率の低下と利潤量の増加のはざまで、剰余価値率の上昇をめぐる闘争が展開され、資本蓄積に伴って相対的過剰人口が増加します。したがって「利潤率の傾向的低下の法則」は労働者階級のあり方にとっても重大な意義を持っています。一方では、労資の生産関係が剰余価値率を通して利潤率の動向に影響に与えるという原因において、他方では、資本蓄積の進展によって相対的過剰人口が増大するという結果において。
つまり第13章「この法則そのもの」は生産力発展を基軸にしつつ、生産関係からの、またそれへの影響を含むものとして展開されています。「この法則」は生産力だけでなく、生産関係にも関係するのであり、単に生産力発展が利潤率の低下をもたらすだけだ、という法則理解は、原因と結果を中身抜きに捉えた一面的な把握です。それは第15章を俟たずに以上のようにすでに第13章からも理解されます。
(3)第14章「反対に作用する諸原因」の位置
上記のように第13章においてすでに剰余価値率と利潤率との関係に触れられています。生産力発展は前者の上昇と後者の低下を同時にもたらすので、両者の動向は「利潤率の傾向的低下の法則」にとっては相反する影響をもたらします。それをどう考えるかが法則のあり方として問題となります。したがって第13章「この法則そのもの」は第14章「反対に作用する諸原因」を補足として伴わざるを得ません。第14章では、「剰余価値率の上昇」以外にも「不変資本の諸要素の低廉化」など利潤率を上昇させる諸要因が検討されます。両章が相まって「利潤率の傾向的低下の法則」の全体が解明されます。したがって第14章は第15章の準備のために必要になった章だという不破氏の理解(131ページ)は誤りです。第13章と第14章とが一対となって法則を解明し、それを受けて第15章が展開されます。第13章が完結して、第14章と第15章が一対で(不破氏にとっては)不要の展開をしているわけではありません。
ところで、その原因をめぐってアダム・スミス以来の全経済学を悩ましていた「利潤率の傾向的低下の法則」の秘密を解明したのが第13章であり、そこでは法則そのものはすでに経験的事実として前提されています。しかしそこで解明された論理から予想されるほどには現実の低下が大きくない、というこれも経験的事実を説明するものとして第14章「反対に作用する諸原因」が補足されています。このように両章を合わせて現実の利潤率低下のあり方を説明するという論建てになっています。おそらくマルクスにとっては、あくまで利潤率のマイルドな低下傾向が経験的事実として前提されており、利潤率低下を促進する本質を太く解明しつつ、ややそれに抵抗する諸原因を指摘することで十分だと考えていたのではないか、と私は推測します。ところがその後の経済理論の研究では、利潤率低下をめぐって相反する諸要因を総合的に考えて、はたしてこの法則そのものが成立するのか、という論争が闘われてきました。それに立ち入ることは私の能力をはるかに超えますが、いずれにせよマルクスにとってもその後の研究者にとっても、第13章が法則そのものの本質を解明し、第14章がそれだけでは残された課題を補足的に説明するということで両章がワンセットであることは確かです。
(4)第15章「この法則の内的諸矛盾の展開」をどう見るか
現行『資本論』第2部・第3部はマルクスにとってはあくまで草稿であり、そこには当然完成度のばらつきがあります。第15章はおそらく完成度が低く、論理がまだ未整理であるように思われます。おそらくそういうことも背景にあって、不破氏は独自の考え方に基づいてそれを根本的に批判して結論的には削除すべきだ、とされます。その判断は妥当か否か。いったいそれはどう読まれどう処遇されるべきかについて、私なりに探ってみたいと思います。
第15章を読んでいると錯綜した印象を受け、その目的が今一つ分かりにくいように思われます。かつてならば、それは読む者の頭が悪いせいであり、「理解」できるまでしっかり読むべきだ、という権威主義的かつ精神主義的態度が優勢でした。しかし今日では、分かりにくいところがあれば、「まだ草稿だからまとまっていない」とか「エンゲルスの編集に問題がある」等々として、自分のせいではなくテクストそのもののせいにする態度も「あり」とされているように思います。そういう姿勢は、一方では自由で率直な理解や新たな発想を促すという長所を伴いますが、他方ではテクストへの内在を弱めて、自分の思いつきへの過信をもたらし、誤った思い込みによる読み方を誘発する危険性を伴っています。両面に配慮しながら、できるだけ正確に読みつつ、自分なりの率直な感想も大切にするということが必要かと思います。
不破氏は第15章の課題を以下のように設定します。
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マルクスが第一五章で自らに課した課題は、第一三章で証明した利潤率の傾向的低下が資本主義的生産様式の必然的没落に導くことの証明でした。そのカギは、それが恐慌の必然性の根拠となることの立証にありました。 132ページ
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それに次いで不破氏は第15章の初めの方から部分的に「立証すべき命題」を引用しています。第15章の課題設定に関する上記の不破氏の主張がマルクスのものでもあることの証拠としての引用です。そこで長くなりますが、マルクスの叙述全体から来る印象を味わう意味で、省略しないで新日本新書版第9分冊から当該箇所を全部引用します。
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他方、総資本の価値増殖率すなわち利潤率が資本主義的生産様式の刺激である(資本の価値増殖が資本主義的生産の唯一の目的であるように)限り、利潤率の下落は、新たな自立的諸資本の形成を緩慢にし、こうして資本主義的生産過程の発展をおびやかすものとして現われる。それは、過剰生産、投機、恐慌、過剰人口と並存する過剰資本を促進する。したがって、リカードウと同様に資本主義的生産様式を絶対的な生産様式と考える経済学者たちも、ここでは、この生産様式が自分自身にたいして制限をつくり出すことを感じ、それゆえ、この制限を生産のせいにはしないで自然のせいにする(地代論において)。しかし、利潤率の下落にたいする彼らの恐怖のなかで重要なのは、資本主義的生産様式は、生産諸力の発展について、富の生産そのものとはなんの関係もない制限を見いだす、という気持ちである。そして、この特有な制限は、資本主義的生産様式の被制限性とその単に歴史的な一時的な性格とを証明する。それは、資本主義的生産様式が富の生産にとって絶対的な生産様式ではなくて、むしろ一定の段階では富のそれ以上の発展と衝突するようになるということを証明する。 412ページ
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ここでのマルクスの叙述の趣旨は次のようでしょう。――資本主義において利潤率が生産の刺激である限り、その低下は資本主義的生産様式の制限となる。やがてそれは富の生産の桎梏となる。したがって、資本主義生産様式は富の絶対的な生産様式ではなくて、歴史的な一時的な性格を持っている。――つまり資本主義的生産における利潤率の特別な意義を明らかにし、それによって資本主義的生産様式の(絶対的ではない)歴史的性格を確定することがここでのマルクスの主張の眼目だといえます。おそらく第15章の課題はそこにあると考えられます。恐慌についても、利潤率の働きとの関係で登場しているのであって、革命的危機をもたらすものとしてことさらに言及されているわけではありません。少なくともこの叙述から、<利潤率の傾向的低下が恐慌の必然性の根拠となって、資本主義的生産様式の必然的没落に導くことを証明しようとする当時のマルクスの意図>を感じ取ることにはかなり無理があるように思います。マルクスはここでそのように性急な主張をするというよりも、利潤論の次元における資本主義的生産の本質論(それは必然的に恐慌論を含む)と資本主義的生産様式の歴史的性格を様々な角度から論じたのが第15章ではないでしょうか。そこから来る錯綜した未完成な印象は、性急な意図を証明しようとして挫折した結果(不破氏はそう言われますが)からではなく、論理がまだ未整理であることから来るのではないでしょうか。
不破氏によれば、マルクスは1865年前半の第2部第1草稿の執筆過程で「流通過程の短縮」論に気づきこれが恐慌の運動論の発見となり、それがマルクスの経済学の大変革だけでなく、恐慌革命論の克服にも結びつき、経済理論と革命運動論との統一的変革が実現しました。こういう大きな図式が前提となると、1864年後半執筆の第3部第1〜3篇は未だ誤った恐慌革命論に囚われている段階なので、経済学上も<利潤率の傾向的低下→恐慌→革命>という誤った図式による理論展開になるであろう、という予断が生じ、第15章に上記のような(当時のマルクスにおける)課題を強引に読み込むということになります。そもそも「流通過程の短縮」の発見だけを持って突然に恐慌論の変革が起こるのか、ということも疑問ですが、恐慌革命論の克服も同時に一挙に実現するということも簡単には信じがたいものがあります。それは経済理論だけではなく、政治的経験なども通じて徐々に起こるのが普通ではないでしょうか。
1865年前半の「大変革」以前にも革命論の変化は少しずつ進行していたのではないか、と思われるのが第15章の叙述にあります。1825年を第一回として始まる周期的全般的過剰生産恐慌は、一面ではその時点における資本主義的再生産の崩壊であり社会的危機をもたらし労働者階級の覚醒を促します。そこだけを捉えれば恐慌革命論が成立します。しかし他面では恐慌はそれまでの資本主義経済の諸矛盾の蓄積を一気に掃出し均衡を回復し、それ以後の産業循環の出発点となる過程でもあります。恐慌革命論はそれを見逃しています。第15章第2節「生産の拡張と価値増殖との衝突」には「抗争し合う作用諸因子の衝突は、周期的に恐慌にはけ口を求める。恐慌は、つねに、現存する諸矛盾の一時的な暴力的解決でしかなく、撹乱された均衡を瞬間的に回復する暴力的爆発でしかない」(425ページ)とあります。さらに同章第3節「人口過剰のもとでの資本過剰」では、「どのようにしてこの衝突がふたたび調整され、資本主義的生産の『健全な』運動に照応する諸関係が回復されるであろうか?」と問い、「どのような事情があるにせよ、均衡は、大なり小なりの規模での資本の遊休によって、さらにときには破滅によって、回復されるであろう」(432ページ)などという答えがあります。この節では、恐慌において資本間に生じる、損失を押し付け合う厳しい競争が活写され、証券価値の破壊に始まり、再生産過程の撹乱と停滞、信用制度の崩壊など恐慌過程の進行が叙述された後に、その結果としての労賃の低下や不変資本の諸要素の価値減少などが利潤率増大をもたらし、新たな産業循環が始まるとして、停滞から拡大への、恐慌からの回復過程が書かれています(429〜435ページ)。
つまり不破氏の言うマルクスの経済学の「大変革」より前の第15章において、恐慌を産業循環の中に位置づける論旨(不破氏の「恐慌の運動論」)が見られます。これは恐慌革命論を経済理論において克服する方向への歩みの一歩と言えるでしょう。「流通過程の短縮論」の発見が恐慌=産業循環論の形成にとって重要なのは確かでしょうが、恐慌革命論の克服はその他の要素も勘案してもっと幅広く見ていく必要があります。そうすれば、時期を極めて限定した「大変革」を想定する、ということは見直されるべきだと考えられます。
第15章においては、「利潤率の傾向的低下の法則」と恐慌における「一般的利潤率のひどい突然の下落」(429ページ)との区別と連関が十分には明らかでないようであり、それが第15章や第3篇全体の課題を分かりにくくしています。そこで一方に両者の「直結説」が、他方に不破氏のような「断絶説」が生まれます。私としては「次元相違説」に立って両者の区別と連関を明らかにして恐慌論に活かしていくことが必要だと考えています(拙文「『経済』2011年7月号の感想」参照)。
不破氏は第15章の削除を要求していますが、その中にも「価値ある遺産」があることは認め、「恐慌の根拠」についての二つの有名な文章(「搾取の条件とその実現の条件は同じではない」と「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである」)をそこから引用しています(不破論文の133・134ページ)。恐慌との関連で資本主義的生産様式の歴史的性格を明らかにすることを第15章の課題として捉える私見では、それは『資本論』体系における第3部第3篇第15章の成果としてその位置において認められます。不破氏の場合、第15章は削除するのだから、それらの名文もただ削除されるのか、あるいは別の個所で活かされるのか、いずれにせよ少なくともそのままでは済みません。マルクスが恐慌革命論の立場から、利潤率の傾向的低下法則を恐慌の必然性の根拠とする、という誤った目標に挑んで失敗した中での良い副産物――というのが二つの文章に対する不破氏の取り扱いになるでしょう。不破氏は『資本論』第2部の終わりにおいて恐慌論が総括されると考えているので、第3部でのその(少なくとも本格的な)展開はありえないことになります。
そこで第3部第3篇第15章を恐慌論の展開の一段階として認める根拠を考えてみます。第15章における利潤率概念の重要性をどう捉えるか。以下の叙述を参考とします。
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利潤率の下落につれて、労働の生産的使用のために個々の資本家の手中に必要とされる資本の最小限――労働の搾取一般のためにも、また、使用労働時間が諸商品の生産に必要な労働時間であるためにも、すなわち、使用労働時間が諸商品の生産に社会的に必要な労働時間の平均を超えないためにも、必要とされる資本の最小限――は増大する。それと同時に集積も増大する。なぜなら、一定の限界を超えれば、利潤率の低い大資本のほうが利潤率の高い小資本よりも急速に蓄積するからである。この増大する蓄積は、一定の高さに達すれば、これはまたこれで利潤率の新たな下落をもたらす。これによって、大量の分散した小諸資本は冒険の道に追い込まれる――投機、信用思惑、株式思惑、恐慌。いわゆる資本の過多は、つねに本質的に、利潤率の下落が利潤総量によって埋め合わされない資本――そして新たに形成される資本の若枝はつねにこれである――の過多に、または、独力で独自の行動をする能力のないこれらの資本を信用の形態で大事業部門の指導者たちに用立てる過多に、関連している。 427ページ
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より簡潔に「蓄積に結びついた利潤率の下落は、必然的に競争戦を引き起こす。利潤総量の増加による利潤率下落の埋め合わせは、社会の総資本について、またすでにでき上がり整備されている大資本家たちについて言えるだけである。自立して機能する新しい追加資本は、このような補償条件を欠いており、これからそれをたたかい取らなければならない」(437ページ)とも書かれています。第13章から言われてきた利潤率の低下と利潤量の増大という二重の歩みがここでも一貫して取り上げられています。不破氏の解釈では、この部分は、利潤率の低下を恐慌の必然性に結びつけるという課題を果たすために、無理に小資本の行動を持ち出してきたことで説得力に欠き、その論証に失敗している例だ、ということになります。しかしもともとそのような課題はないと発想を変えれば、ここでは、利潤率の低下を利潤量の増大で補うという行動ができる大資本とそれができない小資本との対比が書かれており、利潤率をインセンティヴとする資本主義的生産様式が「新たに形成される資本の若枝」を摘んで停滞する可能性があることを指摘している、と考えることができます。
さらに第15章では、労働生産性の向上に対する資本主義的制限を、生産一般あるいは単純商品生産と比較しています。まず「商品にはいり込む総労働分量のこの減少は、どのような社会的諸条件のもとで生産が行なわれるかにかかわりなく、労働の生産力の増加の本質的な標識であるように見える。生産者たちが自分たちの生産をまえもって作成した計画に従って規制する社会では、それどころか単純な商品生産のもとにおいてさえも、労働の生産性はやはり、無条件的にこの度量基準によってはかられるであろう。しかし、資本主義的生産のもとではどうであろうか?」(445ページ)と問うています。それに対して「資本にとっては、労働の生産力の増加の法則は無条件には妥当しない。資本にとってこの生産力が増加されるのは、一般に生きた労働においてではなく、生きた労働の支払部分において節約されるものが、過去の労働において追加されるものよりも大きいという場合だけであ」る(446ページ)、と答えています。ここは特に利潤概念を使っているわけではありませんが、生産力向上に対する資本主義的生産様式の制限性を説き、その(絶対的ではなく)歴史的な性格を明らかにする第15章の課題を貫いています。さらにその先では「新しい生産方法がたとえどんなに生産的であろうと、またどんなに剰余価値を高めようと、それが利潤率を下落させるやいなや、この方法を自発的に使用する資本家はいない」(450ページ)と指摘されます。論理次元が『資本論』第1・2部の価値=剰余価値から第3部の生産価格=平均利潤と上向する中で、資本の行動における利潤率の意義が強調されています。
つまり第3部第1・2編での、利潤・利潤率・平均利潤率・生産価格といった基本的な概念の確定を受けて、第3篇では利潤概念の論理次元で資本主義的生産様式の歴史的性格と恐慌の根拠の具体化を図っていると考えられます。したがって先述の二つの有名な文章(「搾取の条件とその実現の条件は同じではない」と「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである」)はそのまま第15章に置かれるのが適当であると思われます。さらには、「恐慌の根拠」を超えるいわゆる「恐慌の運動論」は恐慌=産業循環論として、市場価格範疇が全面的に展開する「競争論」の次元で本格的に検討されるべきものと考えます。もっとも、不破氏によればマルクスは「資本一般」概念を克服したとされるので、「資本一般」と「競争」という二元的論理構成――恐慌論でいえば、「資本一般」論で恐慌の可能性と根拠を、「競争」論で恐慌の運動論=産業循環論を研究する、という構成――は否定されると思います。とりあえずここではその問題は措きます。
再び不破氏の第14・15章不要論に立ち返ります。不破氏は経済学の「大変革」より前のマルクスは第15章について「利潤率の傾向的低下が恐慌の根拠となり、資本主義的生産様式の必然的没落に導くことを立証する」という間違った課題を設定していた、と考えています。先述のように私見では、もともとそのような課題設定はなく、不破氏のそのような見方は誤った先入観に基づいており、そのために第15章について無用の違和感を抱いて、見当違いな批判をすることになったと考えます。しかし仮に私のそのような見方の方が間違っており、不破氏の方が正しかったとしても、依然として「不要論」は成立しないと思います。なぜならマルクスが「間違った課題設定」をしていたとしても、その苦闘の成果である現行第15章そのものは、整序するならば資本主義的生産様式の本質論としても恐慌論としてもその基礎として活かすことができるからです。
『資本論』第2・3部のエンゲルスの編集が問題とされ、多くの批判があるようです。たとえば不破氏は、第3部の表題について、マルクスの原題「総過程の諸姿容」をエンゲルスが「資本主義的生産の総過程」に変えてしまったのは間違いだとしています(120・122ページ)。これは私も常々そう思っていたので共感しました。しかし第3部第3篇の第14・15章を削除すべきという主張には以上の理由からとうてい賛成できません。不破氏はマルクスの経済学草稿をおそらく原文も含めて読んで研究されています。それに対して、新日本新書版の『資本論』を読んだ限りでいろいろと疑問を呈するのははなはだ失礼とは思いますが、それだけでも多少は言えることがあると思い、素人なりの率直な意見を書きました。妄言多罪。
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<6>「『経済』2019年10月号の感想」から(2019年9月30日)
新版『資本論』の問題点
不破哲三氏の連載第6回「マルクス 弁証法の進化を探る 『資本論』と諸草稿から」は「利潤率の傾向的低下の法則」について以下のように言及しています。
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ですから、マルクスが生前に公表した文章のなかには、利潤率の低下の法則について述べた文章は、一つもありませんでした。マルクスの死後、エンゲルスが、『資本論』第三部の旧稿を編集発行したときに、マルクスが1864年の時点でそういう見解をもっていたことが、はじめて明らかになり、それとともに、利潤率の低下法則に資本主義的生産様式の「必然的没落」の根拠とする見地(マルクスが1865年冒頭に克服し放棄した見地)が、『資本論』の正当な構成部分と位置づけられることになったのでした。これは、マルクスの経済学の継承のうえで、一つの不幸な出来事でした。 135ページ
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不破氏によれば、マルクスは1865年に「流通過程の短縮」を発見し、それによって「恐慌の運動論」が完成することで、経済理論上の大転換を果たし、それが一挙に恐慌革命論の克服にまで至りました。逆に言えば、マルクスは1865年の大転換以前には恐慌革命論に基づく誤った認識をもっており、たとえば現行『資本論』第3部第3篇はそれに当たるので、第13章は良いとしても、第14・15章は『資本論』から削除すべきだ、ということになります(同氏「『資本論』全三部を歴史的に読む(第6回)」、『経済』2017年10月号所収)。現行『資本論』にまだそれが残っていることが「一つの不幸な出来事」だということで、それを明示するのが、おそらく新版『資本論』の画期的特徴の一つとされているのでしょう。
不破氏の「1865年大転換説」に基づく『資本論』第3部第3篇の解釈――「第14・15章不要論」――に対しては、拙文「『経済』2017年10月号の感想」で批判しました。そこでは、(1)「第14・15章不要論」の根拠として挙げられている、1868年4月30日のマルクスのエンゲルス宛手紙における叙述は何らその根拠にならないこと、(2)第15章の課題は「資本主義的生産における利潤率の特別な意義を明らかにし、それによって資本主義的生産様式の(絶対的ではない)歴史的性格を確定すること」であり、そこに「利潤率の傾向的低下が恐慌の必然性の根拠となって、資本主義的生産様式の必然的没落に導くことを証明しようとする当時のマルクスの意図」を読み取ることは相当に無理であること、を指摘しました。マルクスの手紙や『資本論』に対するこうした不破氏の読み間違いは、「第14・15章不要論」の誤り、ひいては「1865年大転換説」の疑わしさを示唆するものです。
本号において不破氏は次のように書いています。
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資本構成の変動の結果、何が起こるか。2年前の旧稿では、利潤率の低下が危機を加速するはずだという思い込みがあって、資本構成がこんなに変動しているのに、危機の起こり方が遅いとされ、利潤率の低下を妨害する要因――「反対に作用する諸要因」の探究に特別の一章をあてたりしたものでした。 132ページ
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しかし第3部第3篇を素直に読めば、マルクスはそんなことは思い込んでおらず、「当時のマルクスはそう思い込んでいるはずだ」と不破氏が思い込んでいるだけのことです。「利潤率の傾向的低下の法則」を解明するのに、まず第13章「この法則そのもの」で法則の本筋部分を明らかにし、続く第14章「反対に作用する諸原因」で「この下落の総体的緩慢さということを理解する」(新日本新書版『資本論』第9分冊、408ページ)ための補足を施すことで、両章が相まって法則の全体像が解明されるという、ごく自然な論建てになっています。マルクスは「この法則は傾向として作用するだけであり、その作用は、一定の事情のもとでのみ、また長期間の経過中にのみ、はっきりと現われてくる」(同前)と言明しており、「危機の加速」という、この法則を体制崩壊につなげるような捉え方はしていません。
以上のように、マルクスの手紙や『資本論』そのものをきちんと読むと、不破氏の一連の研究の土台である「1865年大転換説」の妥当性が疑われ、そういう思い込みがマルクスや『資本論』の実像把握の妨げになるのではないか、と思われます。マルクスが恐慌革命論を克服して、労働者の変革主体形成論へと転換していった、という道筋は大きくは妥当でしょうが、それが1865年の経済理論の大転換によって一挙に実現したというのはかなり疑わしいと言わねばなりません。そういう説を採用することで、たとえば現行『資本論』第3部第3篇のようなそれ以前の著作の内容を不当に批判して、その真価を見落とす結果となっています。
もちろん不破氏は諸草稿を読み込むことで自説を展開しているのだから、その本格的な検討は諸草稿の研究によらねばなりません。しかし私の持てる能力と時間ではそれは無理です。何しろ、本年の本誌8月号の感想で『1857・58年草稿』における労働価値論の扱いを考えるのに、図書館で問題箇所の30ページばかりをコピーして、ひと月近くかかって何とか読んでやっと一文を書いたという体たらくですから。それでも『資本論』を読むだけでも、「1865年大転換説」への十分な疑義が生じるのですから、その道の専門家にぜひ奮起してもらって真相の究明に挑んでほしいと思います。今まさに恐慌論やプラン問題などでの膨大な研究蓄積が何のためにあるのかが問われています。
そもそも『資本論』の一部を再編成し、新しい注解をつけるという新版の発行に際して、その中心的コンセプトを、必ずしも定説になっていない一研究者の見解に依存するということがあっていいものでしょうか。単に研究論文を発表するのではなく、人類の共有財産である『資本論』そのものに手を入れて発行するのですから、しかるべき学会での検討を経て、ある程度の共通理解を得る努力の上で始めてそれはなされるべきでしょう。新版『資本論』の刊行方針は明らかにそのような学問の本来のあり方に反しています。『資本論』の日本語訳は長い歴史と誇るべき伝統を刻んでいます。私は一人の素人学習者に過ぎないのではなはだ僭越ではありますが、わが国のマルクス経済学界の名誉のため、新版『資本論』の編集コンセプトに対しては非常に危惧してします。
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<7>「『経済』2020年2月号の感想」から(2020年2月1日)
(内容は『前衛』2月号に対して)
マルクス恐慌論の捉え方
不破哲三氏の「エンゲルス書簡から 『資本論』続巻の編集過程を探索する」(一)(『前衛』2月号所収)は、『資本論』第2部第1草稿の「最初の部分で、資本主義的生産のなかで恐慌が循環的に起こる仕組みをはじめて発見したこと」について、「第二部の最初の準備草稿という役割をこえた、重要な理論的意義がありました」と評価しています(145ページ)。これによって、第3部第3篇での「恐慌の必然性の論証の失敗」を乗り越えて、恐慌=革命論を克服し、労働者階級の革命的成長に視野を置いた新しい「必然的没落」の理論に進んだとされます(146・147ページ)。それはまた、従来の「資本一般」構想を克服し、「賃労働、土地所有を含めた資本主義経済の全体を研究対象とする、『資本論』の新しい構想に道をひらく転換点ともなったのでした」(147ページ)。そして第2部第1草稿で発見された「恐慌の運動論」を本格的に展開するのは『資本論』第2部、資本の流通過程の中だ、とマルクスは考えていた、というのが不破氏の見解です。
不破氏はこれを『資本論』草稿の検討を通して、マルクス自身の理論的発展として描いています。したがって不破氏の見解を評価するには、マルクスの叙述をたどる必要がありますが、その前に私の恐慌論理解を提示して検討の観点を表明したいと思います。
まずプラン問題については、日本のマルクス経済学の通説である「資本一般」説(プラン不変説)を採ります。もちろん経済学批判プランから『資本論』体系には一定の変化がありますが、そこにおいても「資本一般」という考え方は、その内容を拡張しつつも堅持されています。特に重要なのは「資本一般」と「競争」との次元の相違です。『資本論』は基本的には「資本一般」の体系であり、資本主義経済を理想的平均的な長期の構造において捉えるものです。ここで恐慌論は恐慌の可能性と根拠を明らかにします(必然性の論定についは諸説あり)。そのより具体的な次元として固有の競争論の領域に産業循環論が成立し、恐慌は産業循環の一局面として理解されます。この競争=産業循環論の次元で、需要と供給のときどきの乖離・変動、つまり価値(生産価格)と価格の不一致という短期具体的な運動が市場価格のカテゴリーによって現象的に描かれます。「恐慌の運動論」というものがあるならば、それはこういう次元で言われるものでしょう。「資本一般」と「競争=産業循環」という二重の次元の理論体系によって、資本主義経済と恐慌は本質から現象へと段階的に解明されます。その全体を通して恐慌論は「恐慌=産業循環論」として追究されます。そのもっとも具体的な姿は、経済学批判プランにおける最終項目の「世界市場と恐慌」に属します。マルクス経済学全体と恐慌論はともに商品=貨幣関係の分析に始まり、「世界市場と恐慌」に完結するという意味では、同等の体系性を持つと言えます。
不破氏は第2部第1草稿における「流通過程の短縮」の発見を通した「恐慌の運動論」の解明がマルクスにとって恐慌論確立の決定打となったとしています。もちろんそれは恐慌論における重要な要素であることは確かですが、「流通過程の短縮」は需給の弾力性を形成して、潜在的に恐慌を準備する場を提供するものであっても、恐慌の推進力ではありません。好況過程における超過需要の形成と市場価格の高騰、そして恐慌での突然の崩落等々、産業循環の全体像を、市場価格の諸カテゴリー(価格・賃金・利子率・為替率等)によって、その現象を具体的に解明するのが恐慌=産業循環論の課題です。そういう課題の大きさを考えると、「流通過程の短縮」という一発見をもって「恐慌の運動論」が解明され、マルクス恐慌論が確立したと主張することは難しいと思います。
ある恐慌論研究者から以下のような見解をいただいています。
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「流通過程の短縮」については、マルクス自身の論理において重要であったかどうかともかく、恐慌の発生過程を説く論理において重要かどうか、という観点から考えると,重要ではないと考えています。直感的に考えてみます。これは,商業の存在を意味しているのですから,つまり,生産された缶ビールが,直接,消費者に販売されるのではなく,まずは,スーパーが買い取り,そして,消費者に販売される,ということです。スーパーが流通に入ることが恐慌の発生過程にとって重要なポイントになるとはとても思えないです。
ただし,不破さんも強調されているように,なぜ不均衡が潜在化するのか,という論理は恐慌論において不可欠です。拙論では,個別資本にとっては均衡化の過程が,社会的総資本とっては不均衡となる,よって,その過程では社会的総資本にとっての不均衡が潜在的に累積する,という論理の組み立てを行ったつもりです。
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恐慌論の体系性はマルクス経済学全体の体系性に相応すると私は考えますので、『資本論』の特定の部分で恐慌論が総括されるということ自体に反対ですが、不破氏の考えを見ましょう。「第三篇のおそらく後半部分を、恐慌論の本格的展開の舞台とするというのが、マルクスの構想だったのでした」(148・149ページ)。第三篇とはもちろん第2部第3篇「社会的総資本の再生産と流通」を指します。
不破氏は恐慌論の組み立てとして、恐慌の可能性・恐慌の根拠・恐慌の運動論を指摘しています。その典拠として、「可能性」について第1部の貨幣論から示しているのは当然ですが、「根拠」について第3部第5篇「利子生み資本」から取っている(147ページ)のは奇異です。まず考えられるのは第3部第3篇「利潤率の傾向的低下の法則」を避けているということです。この第15章に恐慌に関説した有名な個所がありますが、そもそもこの章は削除すべきだというのが不破氏の主張だからそれを避けたと思われます。それよりもおかしいのは、不破氏が第2部第3篇に置くとしている「運動論」よりも後に「根拠」が来るということです。恐慌論の組み立て順序として可能性・根拠・運動論となるべきであり、根拠が運動の後に来るのでは理論体系になっていません。「根拠」は第1部で剰余価値論と資本蓄積論によって与えられています。まあこの注意書きの中では、そうした体系性とはかかわりなく、「可能性」と「根拠」について当てはまる箇所をただ示したということだけかもしれませんが…。
第2部第1草稿に始めて「流通過程の短縮」が登場するということですが、そもそも第1草稿ではなく第2草稿を中心として現行第2部が作られているということの意味を考えることが必要です。エンゲルスの第2部序文に「第二草稿が基礎にされなければならない」というマルクスの「明言」が書かれています(新日本新書版D、9ページ)。それと、不破氏が第1草稿について「第二部の最初の準備草稿という役割をこえた、重要な理論的意義がありました」(145ページ)と述べていることを考え合わせましょう。つまり第1草稿に述べられた「流通過程の短縮」による「恐慌の運動論」の形成は「第二部の最初の準備草稿という役割をこえ」ているからこそ、第2部は第1草稿ではなく、第2草稿を基礎とされたと言えます。つまり「恐慌の運動論」は第2部の主たるテーマではないと考えられます。
不破氏は「運動論」が述べられている個所として、第2部第1草稿の他に、第3部第4篇の商業資本論と第2部第1篇の第2章「生産資本の循環」を指摘しています。商業資本論は「流通過程の短縮」についてはむしろ本場であり、こちらこそ「運動論」の本格的展開の場と考えるのが普通に思えますが、不破氏はマルクスの指示に基づいてあえて第2部第3篇を本格的展開の場としています。第2部第1篇第2章での叙述はその場で論ずべきというよりは、後の展開のためのメモとでも言うべきものです。
第2部第3篇が「運動論」の本格的展開の場と考えられる根拠として不破氏が挙げているのは、第2部第2篇第16章「可変資本の回転」の中にある恐慌論についての「スケッチ的な覚え書き」(148ページ)です。有名ないわゆる注32です。しかしそこでいわれているのは、「生産と消費の矛盾」であって、「流通過程の短縮」に基づく「恐慌の運動論」ではありません。したがってこれは「運動論」を第2部第3篇で展開する根拠とはなりません。
つまり「運動論」はあちこちにメモ的に散在していますが、定着すべき場は決まっていません。考えられるのは、マルクスはまだ「運動論」を十分に練れているとは思えずにどの場所でどう展開するかについては未定だったということです。少なくとも言えるのは、資本の運動の基準となる利潤論や利子論が第3部で解明される以前に「恐慌の運動論」が展開されることはあり得ないので、第2部第3篇での展開はないということです。注32が指示しているのは、「社会的総資本の再生産と流通」論において「生産と消費の矛盾」が展開されるということです。それは従来の恐慌論において、第1部の貨幣論における「恐慌の可能性」が第1部の剰余価値論・資本蓄積論における「恐慌の根拠」に基礎づけられて、第2部第3篇において「発展した可能性」となる、とされており、そういう位置づけでよいのではないかと思います。
第2部第1草稿や第3部第4篇などにある「恐慌の運動論」のシミュレーションはまだラフなスケッチに過ぎず、さらに産業循環の具体的解明に市場価格カテゴリーによる展開が必要となります。もっとも、それは後の恐慌論の展開によるものだから、創始者マルクスにそこまで望むのは見当違いであり、マルクス自身はそれによって恐慌論をある程度完成させたと自己評価した可能性はあります。しかしその当否は別として、不破氏の評価する「恐慌の運動論」の完成(1865年の「理論的大転換」)をもって、一挙に恐慌=革命論の克服に至ったということは無理があるでしょう。それ以前の第3部第3篇の叙述などからも恐慌=革命論とは違った趣の内容は見られます。不破氏が恐慌=革命論の典型として紹介している1850年11月の文章(146ページに引用)はまさに政治的性急さから来る恐慌=革命論を語っていますが、第3部第3篇など同ページにあるそれ以外の経済学研究の部分は必ずしもそうした恐慌=革命論を表明しているものではありません。それは経済学的本質分析に基づく資本主義批判であり、そこでは当然恐慌への言及を含みます。両者を混同してはなりません。
不破氏は次のように言います。「その直後に起こった、まったく予想外の角度からの恐慌発生の仕組みの発見です。マルクスの驚きと喜びがいかに大きかったか、それはおそらく、私たちのどんな推測をも超えるものであったことは、間違いないところでしょう」(146ページ)。「その直後」とは、不破氏の見方によれば、1864年執筆の第3部第3篇で「恐慌の必然性の証明に成功しな」かった(同前)直後を指します。それについて言えば、すでに拙文「『経済』2017年10月号の感想」において詳述したように、第3篇を構成する全3章(第13・14・15章)をよく読む限り、それはそもそも恐慌=革命論につなげて恐慌の必然性を証明しようとしたとは考えられません。不破氏の論文には上記のような情緒的叙述が時々見られます。それは読者の共感を得る効果が高いでしょうが、内容的に実質を見ると憶測を述べたにすぎず、それ自身に理論的説得力はありません。
「1865年大転換説」から導かれる一つの系論として、第3部第3篇の一部を削除すべきという議論がありますが、これなどは『資本論』の価値を損なう典型です。学問を本当に大切だと思うのならば、新版『資本論』のコンセプトを見直して、不確かな「1865年大転換説」を外さねばなりません。
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<8>「『経済』2020年3月号の感想」から(2020年2月29日)
現代資本主義の本質を捉える
…前略…
友寄英隆氏の「21世紀資本主義の研究のために――科学的社会主義の理論的課題」(『季論21』第47号・2020冬号、所収)は、今日の日本における科学的社会主義の理論的研究の立ち遅れ、という切実な現状認識を踏まえて、実に広範で多彩な課題に言及されており、その問題意識に強く共感します。本来ならば直接講演を聞き、いろいろとご教示願えればと思うほどです。できれば全体に触れたいのですが、時間と能力の関係でごく一部に留めます。
社会変革を目指す勢力の中でも特に1989年以降、東欧とソ連の社会主義政権の崩壊に伴って、資本主義の強靭さを強調し、その存続を前提にした「現実主義」が幅を利かせ、事実上の資本主義美化論が席巻している状況が続いているように思います。その下で、格差・貧困の広がりや環境問題の深刻さという資本主義の病が明白に拡大しているにもかかわらず、それを体制の問題として正面から議論し、社会主義への移行を提起することがはばかられるような知的状況が少なくとも日本には依然として支配的になっています。当面する課題への改良に取り組み、具体的に政策提起することが最優先されることは当然ですが、その際にも、眼前の問題の多くが資本主義体制そのものから生じており、時代は社会主義への移行を客観的には要請しているという認識に裏打ちされていることが必要だと思います。
その点で友寄氏が、現代資本主義を何よりも「移行期の資本主義」と規定していることは重要です。しかし現実には「強固な国家機構やイデオロギー装置によって頑強に守られてい」(193ページ)る資本主義体制は簡単にはなくなりません。そこで「21世紀の資本主義は、移行期を迎えながら、社会変革の主体形成が立ち遅れているという、体制移行期に特有な独特の歴史的な時代に入ってきている」(同前)という時代認識が表明されます。社会変革についてのこういう客観的条件の成熟と主体的条件の未成熟という対比的認識はなじみがあり、非常に分かりやすいようですが、両者を機械的に切り離すのでなく関連をどう捉えるかは難しいところがあります。
結論を先取りして言えば、友寄氏は「生産力の発展―劣化する生産関係―欺瞞的イデオロギーの関係を総体的にとらえることが必要でしょう」(196ページ)と提起しています。生産力発展によって、資本主義的生産関係が解決不可能な問題を抱える「劣化する資本主義」となっても、その現状に巧みに応じて糊塗する欺瞞的イデオロギーが人々の意識を旧社会としての資本主義社会に押しとどめています。上記の「関係を総体的にとらえること」をさらに詳細に追求するなら、変革の客観的条件と主体的条件の乖離の原因に迫り、解決の糸口に立つことができるかもしれません。しかし客観的条件と主体的条件の二分法をまず提起する分かりやすさは、変革の全体像をつかむうえで最も良いやり方なのか否かは分かりません。変革の課題に向け、その障害物を含めた様々な社会関係と社会意識の絡み合った糸を解きほぐしていく方法は多様に探求されるべきではないか。未だ漠とした問題意識に過ぎませんがそう感じています。
現代資本主義の分析と直接的には関係ないのですが、「客観的条件と主体的条件の二分法」への違和感の原因は、マルクスの経済理論と革命論との関係についての近年の不破哲三氏の議論にあります。マルクスがエンゲルスとともに若いころ、恐慌=革命論に立ち、それが革命運動の経験や経済学研究の進展もあって、労働者の変革主体形成による革命論に変化していったということは大筋としては認められるように思います。ただしこの相前後する二つの立場を内容上、機械的に切り離したり、時間上、特定の時期に切断することが適当か、あるいは恐慌と革命の関係自体も簡単に切り離すことが適当かという問題があります。恐慌・労働者(意識)・革命の三者の関係をよく考えてみる必要があります。単純に「恐慌=革命」図式から「労働者(意識)=革命」図式に転換したというのではなく、三者それぞれの関係をよく見た上で総合すべきでしょう。恐慌は単に産業循環の一局面に過ぎないというのではなく、資本主義的生産にとっては危機的局面であり、労働者意識に重要な影響を与えるということを、革命との関係でどう考えるかなどは重要な考察要素です。それは今日でも経済情勢の展開と労働者意識、その変革主体形成への正負様々な影響を考えるという形でつながっている問題です。残念ながらここで述べていることは思弁的考察に過ぎないので、マルクスの経済学草稿などを研究した不破氏の議論への批判たりえませんが、その結論の明快過ぎる単純さには容易に同意しがたいものがあります。
…中略…
『資本論』の読み方として、1862年以前の草稿類のすべてを「資本論草稿」と見なすべきではないという友寄氏の指摘は重要です。これは『資本論』だけに解消されない、経済学批判プランの独自の意義につながります。恐慌論を意識して、その体系上の特徴を捉えれば、(1)商品に始まり「世界市場と恐慌」に終わる全体の形と、(2)「資本一般」と「競争」との次元を区別した理論展開が注目され、これは『資本論』の枠だけに留まらない発展的な体系だと言えます。いわゆるプラン問題での「資本一般」説(プラン不変説)の意義がここにあります。もちろん友寄氏は、草稿類の中にある「広義の経済学」など、より豊富な内容を指摘しているので私の問題意識はその一部分に過ぎませんが…。
細かいことですが、通常、『資本論』、『経済学批判要綱』、『1857−58年草稿』と表記されるように思います。友寄氏の表記では、『資本論』、「1857−58年の経済学批判草稿」(以下「要綱」と略記)です。刊行された著書には『』を付け、草稿や単発論文には「」を付けるとすると、それを守った表記であり、1857−58年の草稿が『資本論』ではなく、『経済学批判』の草稿であることも示されています。
…後略…
<9>「『経済』2020年8月号の感想」から(2020年7月31日)
(内容は『前衛』2・3・4・5・6月号に対して)
マルクス恐慌論と新版『資本論』の問題点
(1)まえおき
5月号と6月号の感想で、はなはだ不十分ながらコロナパンデミック恐慌について取り上げました。それが現在の最重要課題であることは明らかなので、7月号の感想でもまた続けるべきかとは思いましたが、むしろ思い切って新版『資本論』のキーコンセプトである不破哲三氏の所説を取り上げるつもりでした。ところが主に知人たちが関わっている労働組合や子どもの貧困・教育の問題などについて一定の動きがあったので、急遽そちらに関係した論文を取り上げました。その後、知人との間で若干の諍いが生じたりして、こちらの性格的弱点もあって、心中に棘が刺さった状態で、自からの活動を見直さざるを得ないところに追い込まれています。本質的に活動家とも言えないような者が漫然と関わってきたことの矛盾が露呈した状態です。
そういう活動上の行き詰まりはとりあえず措いて、学びの方では、これもずっと棘が刺さっているので、一度見送ったテーマにここで取り組みたいと思います。新版『資本論』の問題というのは、コロナ禍の最中に悠長な議論だと思われる可能性もありますが、長期的に見れば、きわめて重大です。
世間の人々から見たらどうでもいい、自分の活動上の思いなどに触れたのは、不破哲三氏の「エンゲルス書簡から 『資本論』続巻の編集過程を探索する」(一)(二)(三)(『前衛』2020年2・3・4月号所収、以下では「続巻の編集過程」(一)(二)(三)と略記)を読み直したからです。エンゲルスはマルクス死後、降りかかってくる活動上の重責を担いながら、何よりも『資本論』第2部と第3部の編集に死力を注ぎ、文字通り命の尽きる前年(1894年)に完成させました。芥子粒のような活動と学びしかやっていない自分自身をそれに重ねるなどとんでもないことですが、活動や健康問題を抱えて、日々のわずらわしい思いの中で学問研究に関わっている有り様に共感したのです。
マルクス死後のエンゲルスと周辺の人々の関わりについては、他の著書からになりますが、残された手紙の整理をめぐって「マルクス夫妻の往復書簡のなかには、エンゲルスをあとで傷つけることになったかもしれない箇所がいくつか含まれていた」(佐藤金三郎『マルクス遺稿物語』、岩波新書、1989年、34ページ)とか、マルクスの遺稿整理について次女ラウラ(ローラ)と末娘エリナとが仲たがいしていた(同前、36〜42ページ)、あるいはルイーゼ・カウツキーをめぐる人々の愛憎劇(同前、119ページ〜)等々、というような数々のエピソードに触れるにつけ、我々と変わらぬ人間臭い生活感の中から『資本論』を始めとする偉大な学問的業績が生まれたことに親しみを感じます。
閑話休題。不破氏は上記の「続巻の編集過程」連載全3回に続いて間髪を置かず、マルクスの経済学研究過程における「一八六五年の恐慌の運動論の発見(『資本論』第二部第一章稿)」の「内容およびその意義について」補足するものとして、「マルクス研究 恐慌論展開の歴史を追って」(上)(下)(『前衛』2020年5・6月号所収、以下では「恐慌論展開」(上)(下)と略記)の連載を終えました。すでに私は2011年の不破氏の『経済』連載「『資本論』はどのようにして形成されたか マルクスによる経済学変革の道程をたどる」への感想を始めとして、マルクスが1865年に理論的大転換を果たしたという見解を中心とした不破氏の所説について、『経済』編集部あてに何度も批判を送ってきました。それらはそのまま集めて「不破哲三氏の恐慌論理解について」(以下、「不破恐慌論」と略記)と題してネット上に公開しています。今回の連載についてもその批判は依然として妥当すると思いますが、若干の論点についてさらに考えてみます。
当初この批判的検討は単に不破説を一般的に対象としていましたが、2019年以降は、それが新版『資本論』のキーコンセプトとなり、『資本論』が特異に改訳されるに及んで、その問題点の指摘という重大な意味を持つに至りました。特に第2部第3篇の終わりの部分で、恐慌論が全面的に展開される、とか、第3部第3篇の第14・15章を削除すべきだとマルクスが考えていた、という極めて独特な不破説の内容が改訳『資本論』に採用されるというのは、『資本論』翻訳史上に、またしたがって日本のマルクス経済学史上に重大な問題点を残す事態であり、厳しく検討されねばなりません。
(2)『資本論』第3部第3篇のテーマ
不破氏は、1865年前半に執筆されたと推定される「資本一般」の篇の第2部第1草稿(普通これは『資本論』第2部第1草稿と言われるが、不破氏はいわゆるプラン問題とのかかわりで、正確な表現を採用している)において、マルクスが「流通過程の短縮」を発見し、それによって恐慌の運動論を発見したとして、その意義を以下のように指摘しています。
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この運動論の発見とともに、マルクスは、利潤率の低下の法則に恐慌の根拠を求めるこれまでの立場やそれと結びついた「恐慌=革命」説に終止符を打ち、資本主義的生産様式の「必然的没落」についての新しい理論的見地に足を踏み出すことになったのでした。そして、この発見はまた、「資本一般」という枠組みを捨て、『資本論』そのものの構成を根本的に転換する転機となりました。 「恐慌論展開」(下) 142ページ
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気宇壮大な論定ですが、少なくともこれは不破氏の推定であり、マルクス自身がそう語っているわけではありません。ここでせいぜい言えるのは、そのような解釈も可能であるという程度までです。それが正しいのかどうか、現行『資本論』の内容に即して検討したのが拙文「不破恐慌論」の中の<5>「『経済』2017年10月号の感想」から(2017年9月30日)「『資本論』第3部第3篇『利潤率の傾向的低下の法則』の捉え方」です。現行『資本論』第3部第3篇は「1865年の理論的大転換」以前に書かれているので、不破氏によれば「マルクスは、利潤率の低下の法則に恐慌の根拠を求めるこれまでの立場やそれと結びついた『恐慌=革命』説」を採っていたことになります。しかし拙文では、現行『資本論』は実際にはそうなっていないことを、第3部第3篇の全体、第13・14・15章を検討して明らかにしました。そこで推測されることは、1865年以前の段階で、すでに恐慌論はなだらかに変わっていったのだろうということです。たとえば第14章に「この法則は傾向として作用するだけであり、その作用は、一定の事情のもとでのみ、また長期間の経過中にのみ、はっきり現われてくる」(新日本新書版第9分冊、408ページ)という言明があります。そこから言えるのは、利潤率の傾向的低下法則が恐慌の原因であるのではなく、逆に恐慌を含む産業循環過程を通して長期的に件の法則が貫徹される、ということです。
今回の新たな連載で、不破氏は第3部第3篇と恐慌との関係についてどう主張しているでしょうか。不破氏は特に第15章のテーマ設定に関して、当該部分から長く引用し、自説を対置しています。かなり長くなりますがそれを全部引用します。
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利潤率の低下という現象そのものは、現実の経済過程で実証され、その仕組みも明らかになっている問題ですから、この現象を説明する前半部分には、なんの問題もありません。
問題は、エンゲルスが「この法則の内的諸矛盾の展開」という表題をつけた最後の部分(第一五章)にありました。
マルクスは、この章の最初の部分で、利潤率の低下と加速的蓄積が、生産力の発展過程の「異なる表現」にすぎないことを指摘した後、この章で研究すべき主題を、次のように描き出しています。
「他方、総資本の価値増殖率すなわち利潤率が資本主義的生産様式の刺激である(資本の価値増殖が資本主義的生産の唯一の目的であるように)限り、利潤率の下落は、新たな自立的諸資本の形成を緩慢にし、こうして資本主義的生産過程の発展をおびやかすものとして現われる。それは、過剰生産、投機、恐慌、過剰人口と並存する過剰資本を促進する。したがって、リカードウと同様に資本主義的生産様式を絶対的な生産様式と考える経済学者たちも、ここでは、この生産様式が自分自身にたいして制限をつくり出すことを感じ、それゆえ、この制限を生産のせいにはしないで自然のせいにする(地代論において)。しかし、利潤率の下落にたいする彼らの恐怖のなかで重要なのは、資本主義的生産様式は、生産諸力の発展について、富の生産そのものとはなんの関係もない制限を見いだす、という気持ちである。そして、この特有な制限は、資本主義的生産様式の被制限性とその単に歴史的な一時的な性格とを証明する。それは、資本主義的生産様式が富の生産にとって絶対的な生産様式ではなくて、むしろ一定の段階では富のそれ以上の発展と衝突するようになるということを証明する」(新書版H四一二ページ)。
マルクスはここで、「利潤率の低下」が「過剰生産、投機、恐慌、過剰人口と並存する過剰資本を促進する」と明言しています。つまり、利潤率の低下が過剰生産や恐慌の原因となるとし、その関係を究明することを、この章の課題として提起したのです。
こういう予告的な問題提起をしたものの、この章では、問題提起にふさわしい解答をあたえることは、ついにできませんでした。
この研究のなかで、マルクスは、資本主義的生産様式に内在する諸矛盾やこの生産様式の克服の展望について多くの貴重な指摘をおこないました。しかし、恐慌問題そのものについては、いくつかのごく部分的な言明を残しただけで、ことの本質にせまる解明には成功しなかったのです。
そして、一八六四年後半の『資本論』第三部第三篇でのこの探究は、利潤率の低下の法則に恐慌の根拠を求めるという方向での、マルクスの最後の努力となりました。
考えてみると、恐慌は資本主義経済を襲う周期的現象です。これに対して、利潤率の低下というのは、その過程に波の上下はあるとしても、高い水準からより低い水準に向かう方向性をもった現象です。こういう一方向に向かう運動の中に、恐慌のような周期的運動の根拠を求めるというのは、そもそもの発想自体に無理があった、と言わなければならないでしょう。 「恐慌論展開」(上) 187・188ページ
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上記に見る、第15章でのマルクスのテーマ設定を一言で言えば、利潤範疇の戦略的意義です。それは一方では資本主義的生産発展にとってインセンティヴであり、それ故他方では資本主義体制そのものの歴史的限界を画する、という両面の意義を持ちます。利潤がインセンティヴであるのは「総資本」だけでなく個別資本にも当てはまります。個別資本の利潤目当ての短期的行動の総体が、結局は資本主義的生産様式の歴史的限界を画することになりますが、いわばその中間の総資本に、利潤率の傾向的低下の法則という長期的法則が成立します。だからここで言う利潤率の低下とは、法則上の傾向的低下だけでなく、個別資本の競争過程における低下や恐慌時の急激な低下をも含み、その全体の結果として、利潤追求体制としての資本主義の歴史的限界にまで説き及ぶと考えられます。したがって、不破氏が「利潤率の低下が過剰生産や恐慌の原因となるとし、その関係を究明することを、この章の課題として提起したのです」としていても、その「利潤率の低下」は必ずしも「利潤率の傾向的低下の法則」を意味するとは限りません。
先述の第14章での言明にあるように、マルクスが利潤率の傾向的低下の法則を長期的法則と捉えていたならば、それを恐慌の原因とし、その証明に注力することはありません。第15章では、利潤範疇が資本主義的生産の発展の原動力であり、制限でもあり、最終的には歴史的限界を画するものでもあることが証明されています。
すでに第13章においても、生産力発展の結果としての利潤率低下に対して、利潤量の増大で補おうとする資本の行動が活写されています。つまり利潤率の傾向的低下法則とは、単に生産力発展がもたらす資本の有機的構成の高度化によって利潤率が低下するという一般的結果だけを指すのではなく、そこに至る過程における、利潤追求による資本間競争の様相も含まれており、相対的剰余価値を創造する諸方法の使用による急速に人為的な総体的過剰人口の創出にまで言及されています(新書版第9分冊、374ページ)。不破氏は、利潤率の低下現象は生産関係に関わる現象ではないとか、労働の社会的生産力の数学的表現に過ぎないなどと言っていますが(『「資本論」はどのようにして形成されたか マルクスによる経済学変革の道程をたどる』新日本出版社、2012年、120・121ページ)、それは利潤率の傾向的低下法則を中身抜きの結果だけで捉えていることになります。そもそも利潤率は剰余価値率と不可分の関係にあり、剰余価値率は生産力だけでなく生産関係からも大いに影響されるのだから、件の法則が生産関係に関わらないなどと言うことはあり得ません。
第15章においては、第13・14章で展開された法則の全体を見据えて、「この法則の内的諸矛盾の展開」を論じているわけで、利潤範疇を軸に個別資本の行動原理から資本主義体制の歴史的限界までをカバーしており、恐慌に触れるのも当然です。恐慌を含む産業循環過程を経過しながら利潤率の傾向的低下法則は貫徹されるわけですから。しかしその際に、件の法則が恐慌の原因になるという論じ方はしておらず、それはそう論じるのに失敗したからではなく、少なくともこの「資本一般」第3部第3篇草稿の執筆時点(1864年前半=「続巻の編集過程」(二)の212ページによる)では、最初からその意図はなかったからです。第3篇を素直に読めばそのように理解する他ありません。実際に書いてもない課題を設定して、それがないのはその論証に失敗したからだ、というのはまったく不自然です。
それではなぜ不破氏は『資本論』第3部第3篇に対して、そのように不自然な課題設定を押し付けるのでしょうか。それは第一に、利潤率の傾向的低下法則に対して、生産関係も恐慌も登場せず、生産力だけに関係するという、中身抜きの外面的理解をしているために、生産関係や恐慌を含む正当な理解に対して、件の法則を恐慌の原因論にしている、恐慌=革命論に立っている、と曲解するからです。第二に、そこに1865年大転換説が加わって、1864年の草稿ではまだ恐慌=革命論に立っているはずだから、無理にでもそれがあると読み込まなければならない、と思いこむことになるからです。つまり、利潤率の傾向的低下法則は生産力だけに関係するという説と1865年大転換説を外してしまえば(前者は明らかな誤りであり、後者は根拠が明らかでない仮説)、第3部第3篇から第14・15章を削除する必要はなく、これまで通り素直に読んでそこから多くのことを学ぶことができます。
ところで不破氏は先の引用の中で「利潤率の低下という …中略… こういう一方向に向かう運動の中に、恐慌のような周期的運動の根拠を求めるというのは、そもそもの発想自体に無理があった」と指摘しており、そうするとマルクスはまるでバカげたことを追求していたことになります。先述のように、私見では第15章は利潤範疇の戦略的意義を強調しており、利潤がインセンティヴとなって生産力を発展させることと、同時にまた逆に生産の制限にもなることが統一的に押し出されていることが重要です。ただしそこで問題となる利潤率の低下について、長期的法則としての傾向的低下と恐慌における急速な低下とが十分に分けられていないように思えます。利潤の意義の統一性に力点があって、そのさまざまな現われ方には力点がないという感じです。
恐慌における利潤率の急速な低下現象と利潤率の傾向的低下法則に見られる長期の低下現象、この両者の区別と連関を明らかにすれば、利潤率の傾向的低下を恐慌の原因とする誤りは避けられますし、両者はまったく関係ないとして、利潤範疇の統一的意義を看過する誤りも避けられます。これは分析視点としては、競争過程とその結果の統一であり、そこには短期的視点と長期的視点とが並存しています。それらを立体的に組み立てる方法は「資本一般」と「競争」という理論的重層性によります。それについては拙文「不破恐慌論」の中の<2>「『経済』2011年7月号の感想」から(2011年6月28日)「恐慌論をめぐって」の「利潤率の傾向的低下の法則と恐慌論」で触れました。
以上のように、『資本論』第3部第3篇の内容を検討すると、1865年にマルクスの理論的大転換があって、1864年に書かれた第3篇の中で第14・15章は克服された見地なので削除されるべきだ、という不破氏の説が成り立たないことは明らかです。次にその説の文献的証拠として不破氏が掲げる、1868年4月30日付のマルクスのエンゲルスあて手紙を見てみましょう。不破氏は「続巻の編集過程」(二)の225・226ページと「恐慌論展開」(下)の151・152ページでそれを取り上げています。後者を引用します。
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ここには、注意して読み取るべきもう一つの点があります。それは、マルクスが、第三篇については、最初の章の「この法則そのもの」の説明だけにとどめて、次の二つの章(「反対に作用する諸要因」と「この法則の内的諸矛盾」)については一言も語らなかったことです。これは、利潤率の低下法則を、恐慌や資本主義的生産の没落の必然性と結びつけようとした第三篇の草稿執筆の時期の見解を、マルクスがすでに卒業し乗り越えてしまったことの、マルクス自身による端的な表明でした。
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しかしこの手紙は第3部の内容を全面的に説明したものではありません。マルクスは「君が利潤率の展開方法を知っておくということは、好都合だ。だから、君のためにごく一般的な形で道筋を述べておこう」(国民文庫『資本論書簡2』、136ページ)として、第2部と第1部に簡単に触れた後に「次に第三部では、われわれは、そのいろいろな形態および互いに分離した諸構成部分への剰余価値の転化に移る」(同前、137ページ)として第3部の各篇について説明しています。この主題から見て、第3篇の説明でも恐慌論に言及しないのは当然です。だから、あくまで限定された主題を扱ったこの手紙で「次の二つの章」については一言も語らなかったからと言って、第14・15章を『資本論』から削除すべき理由にはなりません。したがってこの手紙は、1865年大転換説と第14・15章削除説の根拠にはなりません。このことはすでに何度も私は書いてきました。このように何ら証明力のない手紙を証拠物件として提出せざるを得ないところに、これらの説の無根拠ぶりがさらに浮き彫りになっています。手紙を誤読された上、第14・15章を削除せよ、とあり得ない要求を突き付けられ、さぞやマルクスとエンゲルスは心外だろうと想像します。
(3)『資本論』第2部第3篇で恐慌論は全般的に展開されるか
不破氏は第2部第3篇で恐慌論がその運動論を含めて全般的に展開されると主張しています。まずその文献的根拠を検討しましょう。不破氏は第2部第2篇の第13章「可変資本の回転」に書き込まれた有名な覚え書き、いわゆる注32を引用した後で、次のように主張しています。
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ここでマルクスは、剰余価値の生産を規定的目的とする資本主義社会において、「過剰生産」、すなわち恐慌がおこる根拠を、剰余価値の生産と実現との矛盾という、きわめて簡潔な言葉で説明していますが、この矛盾がなぜ周期的な恐慌を生み出すのか、という運動論の問題にまでは論を進めていません。それらの解明は、すべて「次の篇」、すなわち「第三篇 社会的総資本の再生産と流通」で問題になる、というのが、マルクスの考えでした。
ここで、第二部第三篇を、恐慌論の全般的な展開の舞台とするという構想がはじめて確定したものとして明らかにされたわけですが、第二草稿の執筆は、第三篇まで進まないうちに中断しました。 「恐慌論展開」(下) 153ページ
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注32では、「剰余価値の生産と実現との矛盾」つまり生産と消費の矛盾が次の篇(第3篇)で始めて問題になる、と言っていて、それ以上のことは言っていません。恐慌の周期性には言及していません。だからその解明が第3篇で問題になる、というのはあくまで不破氏の考えであって、「マルクスの考えでした」というのは、根拠のない断定に過ぎません。したがって注32によって、「第二部第三篇を、恐慌論の全般的な展開の舞台とするという構想がはじめて確定したものとして明らかにされた」などというのは誤りです。
次に経済理論の体系性の観点から、第2部第3篇と恐慌論の関係を検証しましょう。不破氏は、「資本一般」第2部第1草稿において「流通過程の短縮」が発見されたことを持って、恐慌の運動論の解明として高く評価しています。しかし「流通過程の短縮」の発見が「恐慌の運動論」形成の決定打と言えるようなものなのか、また通常使われる産業循環論という言葉に替えてあえて「恐慌の運動論」という独自の言葉を、不破氏はなぜ使っているのか、という疑問が浮かぶのですが、それはここでは措きます。
その第1草稿では「流通過程の短縮」とそれによる「架空需要」を軸として、「恐慌にいたる資本の循環過程のシミュレーション的な叙述」(「恐慌論展開」(下)、140ページ)が活写されています。ところが同様の叙述が第3部第4篇の商業資本論と第5草稿から取った第2部第1篇の第2章「生産資本の循環」にもあります(「続巻の編集過程」(1)、148・149ページ、「恐慌論展開」(下)、154〜156ページ)。商業資本論は「流通過程の短縮」についてはむしろ本場であり、不破氏の考えに従えば、こちらこそ「運動論」の本格的展開の場と考えるのが普通に思えますが、不破氏はあえて第2部第3篇を本格的展開の場としています。第2部第1篇第2章での叙述はその場で論ずべきというよりは、後の展開のためのメモとでも言うべきものです。
つまり「シミュレーション的な叙述」はあちこちにメモ的に散在していますが、定着すべき場は決まっていません。考えられるのは、マルクスはまだ「運動論」を十分に練れているとは思えずにどの場所でどう展開するかについては未定だったということです。経済現象を解明するのに、まず対象の生き生きした表象を思い浮かべることが必要です。それを基に理論的抽象を働かせて、より抽象的なものからより現実に近い具体的なものへと順に理論を組み立てていくことになります。「シミュレーション的な叙述」はとりあえず恐慌=産業循環の表象をキープするものであり、理論的解明の準備作業に位置づけられるのではないでしょうか。
不破氏の言う「恐慌の運動論」、あるいは(もっと一般的かつ包括的用語としての)産業循環論を展開するには、少なくとも資本の運動の基準となる利潤論や利子論が解明されていなければなりません。それは第3部の課題です。たとえば先述のように、第3部第3篇では、利潤範疇の戦略的意義をキーにして、利潤率の傾向的低下法則をめぐる資本蓄積運動を分析しながら、その中で個別資本の行動基準から資本主義的生産様式の歴史的限界まで解明しています。それに対して、第1部と第2部では利潤という現象形態ではなく、本質形態としての剰余価値によって分析が展開されます。それでなければ搾取の本質が解明されないからです。しかし資本の現実の運動に接近するには、剰余価値ではなく、資本の行動の基準となる利潤の解明が前提になります。少なくともそれを経過しなければ、資本主義的搾取の本質的解明の段階から、より現象的な産業循環のメカニズムの解明の段階へと上向することはできません。
したがって、経済理論の体系性の観点から言っても、第2部第3篇で「恐慌の運動論」なるものを含む恐慌論の全面的展開が可能になるということはあり得ません。注32の指示によれば、第2部第3篇における「社会的総資本の再生産と流通」論において「生産と消費の矛盾」が展開されます。それは従来の恐慌論において、第1部の貨幣論における「恐慌の可能性」が第1部の剰余価値論・資本蓄積論における「恐慌の根拠」に基礎づけられて、第2部第3篇において「発展した可能性」となる、とされています。あえてそれ以上のことを第2部第3篇に押しつける必要はないと私も考えます。従来の恐慌論においては、それでは「恐慌の必然性」はどこで論定するのかが問題となりますが、それはここでは措きます。この「恐慌の必然性」論は不破氏の「恐慌の運動論」に近いものがありますが、後者はむしろシミュレーション的表象を前面に掲げて産業循環論的な展開を含んでいて、問題意識的にはややずれがあります。
産業循環のメカニズムは、資本の過剰蓄積衝動を推進基軸として、需給不均衡下での市場価格カテゴリー(価格、賃金、利子率、為替相場等)の日常的変動を「競争」論次元で解明することがまず基本となります。先述のように、不破氏の指摘によれば、産業循環のシミュレーション的叙述が、『資本論』(あるいは「資本一般」)草稿の第2・3部の各所に配置されています。それを素材として、上のような理論的解明を通して恐慌の周期性に迫ることができます。したがってそれは、需給均衡=価値・価格一致を前提して、資本主義の長期平均的状態を本質的に分析し、剰余価値生産をあばき出す『資本論』=「資本一般」の体系から上向した、より現実の現象に近い次元での理論展開となります。それを競争=産業循環論次元とするならば、より抽象的な「資本一般」次元での恐慌の本質的解明(可能性・根拠・必然性)と合わせて恐慌=産業循環論の重層的体系が形成されます。恐慌論は『資本論』の特定の箇所で総括されるのではなく、「商品」から「世界市場と恐慌」という経済学批判体系の最初から最後までに相当する形で全体的・重層的に展開されるべきものです。
(4)プラン問題と「資本一般」
第2部第3篇で恐慌論が総括されるという説を批判するためには、第3部で始めて利潤論が展開されるということを指摘するだけで事足りるのですが、(3)の最後では「資本一般」の意義と経済学批判プランにまで言及しました。(2)において、利潤率の傾向的低下法則と恐慌における急速な利潤率低下との関係を考える際にも、「資本一般」と「競争」との重層的理論体系の意義を提起しました。恐慌論の個々の論点を扱うにも、その全体的な展開方法を明らかにした方が良いと考えたためです。
で、これは当然のことながら、(2)の始めで紹介した不破氏の見解――マルクスは1865年の理論的大展開によって、「資本一般」という枠組みを捨て、『資本論』そのものの構成を根本的に転換した――と衝突します。確かに「資本一般」は『資本論』には登場しないので、それは破棄されたという考え方は有力です(プラン変更説)。しかし「資本一般」は言葉としては登場しなくても、考え方としては『資本論』に継承されているという見解(プラン不変説・資本一般説)もまた有力です。上記のように、私は恐慌論の重要な論点を考える際に資本一般という枠組みは必要だと考えるので、資本一般説を採用しています。もちろん日本のマルクス経済学界では、プラン問題は膨大な研究蓄積があり、不勉強な私はその論争の全体像を把握して一定の見識を示すことができるわけではありません。ここではただ、「資本一般」は『資本論』に登場しない以上、破棄されたに違いない、という単純な見方(不破氏がそうだとまで断定するつもりはないが)に対置して、違う見方もある、ということを一般の方々(そんな人がこんな拙文なんか読まないだろうけれども)に知ってもらう程度の意味で、たまたま手元にある佐藤金三郎氏の所説を紹介します。
佐藤氏はプラン不変説と変更説とをアウフヘーベンする意気込みで、1954年に「「経済学批判」体系と『資本論』」という記念碑的論文を発表します。これは『経済学批判要綱』(「1857−58年の経済学批判草稿」)に本格的に取り組んだ、日本で最初の論文です。それは不変説の久留間鮫造氏と変更説の宇野弘蔵氏の双方からほめられ、「両極分解」説と呼ばれるようになりました。私としては、内容的拡張を伴いながらも「資本一般」の方法が『資本論』にも貫かれている、というこの名論文の趣旨が重要だと考えています。当時を振り返って佐藤氏はこう述べています。
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それで結局、「両極分解」説といわれるような結論になったというわけです。すなわち、現在の『資本論』というのは、当初のプランの「資本一般」を母胎としており、それのいわば完成された形態だということ、私は、それをたしか『資本論』は「範疇的な意味」での「資本一般」だというような言いかたをしていたと思います。それと同時に、「資本一般」だといっても、『要綱』執筆当時にマルクスが考えていた「資本一般」と、現在の『資本論』とを比べてみると、『資本論』の場合には、それの含んでいる考察範囲が非常に拡大されたものになっているということ、すなわち、当初の「資本一般」の範囲には予定されていなかった諸問題、たとえば、競争や、信用や、土地所有や、賃労働などの諸テーマについても、それらの基本的な規定にかんするかぎりでは、すでに『資本論』のなかに含まれているということ、しかし他方では、それらのテーマについての特殊研究や細目研究は、依然として『資本論』の考察範囲外に留保されたままになっているということ、そういう結論になったわけなのです。つまり、競争や信用など、最初のプランの「資本一般」の範囲をこえる諸問題は、『資本論』のなかに編入された基本的規定と、依然として『資本論』の範囲外に留保されたままになっている特殊研究とに、いわば「両極分解」をとげるにいたったのだというわけです。
『資本論』研究序説、岩波書店、1992年 第W部 『資本論』成立史をめぐる諸問題
第3章 「資本一般」の行方 339・340ページ
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さらに、「資本一般」が拡張される中でも「価値どおりの販売」という点で一貫していることを佐藤氏は力説します。
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…前略… 私もまた、高須賀さんと同様に、商品の「価値どおりの販売」という仮定を重視するとともに、この仮定が『要綱』以来、一八六一―六三年草稿をへて『資本論』にいたるまで一貫して保持されているという事実に注目していたのです。この一貫して保持されている、その意味で不変であるという点を重視して、私は、『資本論』は「範疇的な意味」での「資本一般」だ、と言ったつもりなんです。多分、高須賀さんのいわゆる「方法的《資本一般》の立場」と同じ意味になるんだろうと思います。
この問題は『要綱』から『資本論』にいたるまでのあいだに、当初の「資本一般」の考察範囲がつぎつぎに拡大されていったプロセスをみていくうえで重要な意味をもっていると私は考えています。結局は、価値法則との関係の問題なのです。つまり、さきほどの剰余価値論の成立の問題でもそうなんですが、マルクスにとってそれまで未解決だった問題が価値法則を前提として、その基礎のうえで理論的に展開することが可能になったかどうかがポイントだと思うのです。生産価格論の場合についていえば、『要綱』の執筆当時には、まだ労働時間による価値規定と生産価格の規定とが理論的に相互に媒介されていなかった。その理論的媒介が、ご存じのように、一八六二年にはリカードウ理論との再度の対決の過程をつうじてできあがった。そこで、この一般的利潤率の形成と生産価格の問題が「資本一般」の考察範囲のなかに取り入れられてきたというわけです。同じことは、地代論にせよ、労賃論にせよ、『資本論』のなかにつぎつぎに編入されてきた諸問題についても当てはまると思うのです。それが一番ポイントなんです。 同前、340・341ページ
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このように佐藤氏は、経済学批判プランの6分冊の体系が『資本論』体系に移行していくなかで、地代論や労賃論を吸収して「資本一般」が考察範囲を拡大しつつも、「価値どおりの販売」の仮定の点で一貫しており、価値法則を貫徹させるという重要な意義を持っていることを指摘しています。佐藤氏が「高須賀さん」と呼んでいる高須賀義博氏は、資本一般論としての『資本論』の世界と、競争論以降の論理次元に属する産業循環論の世界との関係を「実体と形態、本質と現象の関係にある」と捉え、その方法の意義・内容を以下のように明らかにしています。
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『資本論』の世界は産業循環の結果達成される資本主義の長期的構造であり、このもとで剰余価値の生産ならびに分配を明らかにしなければ資本主義の三大階級の経済的基礎は概念的に解明されないというのがマルクスの考え方であった。そしてこのために不可欠の理論的カテゴリーがマルクスの価値概念にほかならない。『資本論』の世界を産業循環論の世界と混同ないし同一視すれば、それは必ず価値概念を歪めるのである。
他方産業循環は、『資本論』の世界、すなわち、「理想的平均における資本主義の内的構造」を自動的に生みだす平均化機構であって、これを解明する基本的カテゴリーは、市場価格(価格、賃金、利子率、為替相場等)である。これらの市場価格カテゴリーに誘導された無政府生産のシステムである資本主義の現実的蓄積が自己矛盾を含むがゆえに恐慌を勃発せしめ、自律的に反転することによって、『資本論』の世界が創出される。
『マルクス経済学研究』(新評論、1979年) 247ページ
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高須賀氏はさらに、宇野派の大内秀明氏の議論への批判を通じて自説の性格をいっそう明らかにしています。
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方法論的に問題なのは、大内氏の立場では『資本論』の世界がまさに「永遠にくりかえされる如く」発現する産業循環の世界とまったく同じものになってしまい、「理想的平均における資本主義的生産様式の内的構造」論が原理的に消失してしまう点である。それは、産業循環を貫いて価値法則が貫徹する結果成立する資本主義の長期的構造にほかならず、それゆえにこの構造を概念的に叙述するためには価値・価格一致の想定が必要であり、換言すれば、理想的平均的資本主義は価値・価格一致を想定して描かれる資本主義像でもあったのであるが、それを否定して、循環運動をくりかえす円環的運動体の描写こそが経済学原理論の対象であるとすれば、そこから帰結されることは、価値概念の空洞化であり、本質論を欠く現象論である。 同前 245-246ページ
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不破氏の「1865年大転換」説に従えば、このような「資本一般」と固有の「競争」との重層的把握は大転換以降、破棄されることになりますが、1865年後半に書かれた第3部第7篇(「続巻の編集過程」(二)、212ページ)にはなお以下のような方法的限定が明記されています。
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生産諸関係の物件化の叙述、および生産当事者たちにたいする生産諸関係の自立化の叙述では、われわれは、それらの連関が、世界市場、その商況、市場価格の運動、信用の期間、商工業の循環、繁栄と恐慌との交替によって、生産当事者たちにとっては、圧倒的な、不可抗的に彼らを支配する自然法則として現われ、彼らにたいして盲目的な必然性として作用するその仕方・様式には立ち入らない。なぜなら、競争の現実の運動はわれわれのプランの範囲外にあるのであり、われわれはただ、資本主義的生産様式の内部組織のみを、いわばその理念的平均において、叙述すべきだからである。
『資本論』第3部第7篇「諸収入とその源泉」第48章「三位一体的定式」
新日本新書版 第13分冊 1454ページ
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ここには、資本主義的生産様式の内部組織を理念的平均において叙述する「資本一般」(*注)論と、そのプランの範囲外にある「競争の現実の運動」論という重層的構成が見られます。マルクスがあちこちに書き残した「シミュレーション的叙述」を恐慌=産業循環の表象の保持とし、そこに理論的分析を加えることで、資本主義的生産様式の本質論とその動態の現象論とをともに解明することが必要です。その際に、高須賀氏の提唱する「資本一般論」と「競争論以降」との重層的方法が有効ではないかと私は考えます。
(*注)1863年を最後に「資本一般」と言う言葉が使われなくなったことを重視する佐藤金三郎氏は、「資本の一般的分析」と言った方がいいとして、『要綱』の「資本一般」と『資本論』の「資本の一般的分析」とは同じではないとしています。しかし「現在の『資本論』が『要綱』の「資本一般」を母胎にして、いわばそれの充実、完成された形態として存在しているというのは当然のこと」と主張しています(佐藤、前掲書、346ページ)。
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<10>「『経済』2021年1月号の感想」から(2020年12月31日)
学問と政治の関係
「しんぶん赤旗」、『前衛』、『経済』などは科学的社会主義の立場から、ブルジョア・ジャーナリズムにはない社会認識を深めるのに役立ちます。最近の学術会議会員任命拒否問題についても、学問の自由と政治との関係を中心に、法的・政治的・歴史的に広く深い観点から徹底的に解明しています。
ただしそのようなラディカルに民主的な視点に例外があります。不破哲三氏の恐慌論とそれを基にした新版『資本論』の編集コンセプトは間違っていると私は考えますし、同様の考えの研究者もいると聞きます。ところが上記の紙誌ではそうした批判は皆無であり、ひたすら推奨する議論だけが登場しています。
12月20日付の「しんぶん赤旗」には、萩原伸次郎氏による不破氏の『「資本論」完成の道程を探る』への書評があり、もちろんこれも不破説を支持する立場で書かれていますが、注目すべきはそれへの批判が存在することに言及している点です。おそらくこれら紙誌の読者にとっては、そんな批判があるという事実に初めて接することになったのではないでしょうか。これは極めて非学問的な情報統制が破綻する第一歩になり得ると考えます。
「しんぶん赤旗」には、新版『資本論』の分冊が刊行されるたびに、推奨を目的とした書評が載りますが、マルクスの経済学草稿の研究者は登場しません。これは、不破説とそれを基にした新版の編集コンセプトが大方の専門家から肯定的に評価されていない証左だと思います。
『資本論』は単に著名な著作だというにとどまらず、立場の如何を超えて人類の共有財産として特別な扱いを要する存在です。そうである以上、その翻訳についても私的解釈に偏るのでなく、アカデミズムの共通理解をできるだけ尊重することが必要でしょう。日本では戦前の高畠素之訳(1919〜1925年)に始まり、その後、世界的に見ても水準の高い『資本論』研究を反映した良心的な個人訳が中心となって翻訳事業が展開されてきました。それらを引き継いで、30年以上前に当時の有力な経済学者などの集団的労作として新日本出版社の新書版『資本論』が刊行されました。したがって、マルクスの経済学草稿などに関する研究のその後の進展を反映する改訂版の作成には、しかるべき専門家の集団的検討が欠かせないはずでした。そこを外して、学界の広範な一致点になっているわけでもない不破氏の所説に基づいて新版を刊行し、上記の紙誌にはそれへの異論など存在しないかの如くにひたすらその宣伝に努める、という姿勢は『資本論』の人類史的位置に照らせば、学問上の公正さを欠くと言わねばならず、この国における『資本論』翻訳史上に重大な禍根を残しました。そうした事態は、普通の一研究者がつくり出し得るものではなく、不破氏という特別の政治的権威者の存在によるものです。ここには学問と政治の関係における克服すべき課題があることが明らかです。学問の自由で公正な発展はそれ自身の論理によるべきであり、外部からの政治的介入はそれを歪めます。
萩原氏は、不破説への批判として「学問の世界に異質なものが踏み込むようなことがあってはならないだろう」とする見解があることを紹介しています。それに対して「学問の世界では、異質なものが入り込んで、新たな次元に研究が発展するという事実を忘れてはなりません」と反論していますが、これは問題の核心をはぐらかすものです。そこでは「異質なものが研究を新たな次元に発展させる」という一般論ではなく、学問と政治の不正常な関係が問われている、と考えるのが相当でしょう。
ここまで書いてから、たまたまネット上に、谷野勝明氏の「『恐慌の運動論の発見』と利潤率低下『矛盾の展開』論の『取り消し』はあったか」(『関東学院大学経済経営研究所年報第42号』、21-39, 2020-03、所収)を発見しました。しょせん素人の悲しさ、研究者の中に不破説の批判があるとは聞いていましたが、そういう論文を実際に見たことはありませんでした。『経済』誌の裏表紙に載った八朔社の広告の中に、谷野氏の『再生産・蓄積論草稿の研究』があり、その宣伝文句として「『資本論』研究の成果を発展させマルクス草稿を解明」とありますから、不破氏の「1865年のマルクスの理論的大転換」説を検討するにふさわしい研究者の論文に私は出合ったわけです。
ところでかつて『経済』2015年12月号において、国際金融論研究者の今宮謙二氏が不破氏の『マルクス「資本論」 発掘・追跡・探究』への書評で、「本著の最大の課題は恐慌論である」としてその内容を客観的に紹介していました。その上で、わが国における『資本論』による恐慌分析の「膨大な研究蓄積」と経済理論としての「精緻化」とに言及しつつ、恐慌論研究者に対して、本著における恐慌論の問題提起への受けとめを問うていました。そこから今宮氏自身の立場は分かりませんが、おそらく不破説への何らかの違和感があったからこそ専門家の意見を聞きたかったのではないでしょうか。
それを念頭に谷野論文を始めてざっと通読し、わが意を得たりです。谷野氏は不破説について、「このような見解は,これまでの『資本論』研究との繋がりを全く持っていない。それだけに,氏が理論活動の面でも多くの問題に取り組まれている点には深い敬意を表するが,『資本論』に関するあまりに大胆な見解には不安を感じざるをえない。その検討は研究者の責務だと考え,問題点を率直に指摘することとした」(22ページ)として、政治的リスクを超え、まさに研究者の矜持を持って見解を発表され、今宮氏の問いにも確かに答えています。
論文では、(1)「流通過程の短縮」は第二部初稿以前に把握されている、(2)「経済循環のシミュレーション」と解された箇所は,恐慌への反転の契機が不明確で,回復局面も論じられていないので,「見事な成功」とは評価できない、(3)第三部の「利潤率の傾向的低下法則」論の現行版第15章部分が「取り消された」との説は、マルクスのエンゲルス宛1868年4 月30日付書簡の誤解に基づいている、などのことが指摘されています(21ページの「趣旨」より)。最後に全体的結論として「氏が繰り返し主張する『恐慌の運動論の発見』によるマルクスの『恐慌観』の『激変』は,思い込みとしか言い様がないのである」(39ページ)と論断されています。こうして不破氏の主張する「1865年のマルクスの理論的大転換」が成立しないことが、理論的・文献考証的に指摘されています。
谷野氏のこの論稿は、不破氏の論述より格段に精度が高く、おそらく実質的な反論は不可能でしょう。謬説に従って『資本論』の翻訳を改定したことの政治的・学問的責任が問われる事態だと言えます。
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<11>「『経済』2023年6月号の感想」から(2023年5月30日)
新版『資本論』の是正を
関野秀明氏の「アベノミクス「インフレ不況」と『資本論』 中央銀行信用バブルとインフレ調整」は、「流通過程の短縮」による「架空の需要」の発生という不破哲三氏の恐慌論の論理を精緻化することとその現状分析への適用を意図しているように思われます(それは当論文で明言されてはいないけれども、新版『資本論』刊行後の一連の動きから容易に推測されます)。「流通過程の短縮」が恐慌発生の一要素である限りで、そうした理論的営為には一定の意味があります。しかし「流通過程の短縮」を主軸に据えた恐慌論、ましてや産業循環論は正しくないし、その視点による『資本論』形成史論や革命論も連動して誤っていることについては、私は繰り返してきました(「不破哲三氏の恐慌論理解について」)。したがって、今回の関野論文の現状分析はその意義と限度を踏まえて捉える必要があり、不破説の正当化という文脈に流すべきではないと考えます。
アベノミクスの主軸は異次元の量的質的金融緩和にあり、株価高騰などの資産バブル発生とは対照的に実体経済の停滞を招いています。したがって、バブル批判に主眼を置くことは理解できます。しかし今日、支配層も含めて喧伝される日本経済の没落は、長年の、特に高度経済成長破綻後のグローバル資本を含む大資本の行動とそれに従う経済政策とによって形成されてきています。そこでの産業構造など実体経済を中心とした分析が、たとえば坂本雅子氏や村上研一氏などによって行なわれています。
アベノミクスはその特異性や新奇性で注目されてきました。それは当然ですが、同時に「冷たく弱い経済」の貫徹という点では従来型の延長線上にあり、そこに手をつけない奇策であるが故に、漫然と日本経済の没落に帰結したと言えます。それは、タカ派の露骨な新自由主義構造改革の貫徹が政治的に困難であることに着目した、麻薬注入型の弥縫策という側面があります。それは「責任ある立場」を自覚する支配層の構造改革タカ派からの批判を招きながらも、「冷たく弱い経済」に帰結する新自由主義構造改革の基本線は維持しました。メディア支配(イデオロギー支配)の下で、衆院解散権の恣意的行使など様々な術策を駆使して、長期政権が実現される中で、その経済政策は、円安・株高を演出する一方、不安定雇用拡大や社会保障削減などを遂行し、実体経済の弱体化を招きました。それで今、支配層から日本経済ダメ論が喧伝されています。それは「優しく強い経済」路線への先制攻撃として、労働者・人民へのイデオロギー教化の意味を持ち、没落した日本経済を立て直すべく危機感を煽り、社会保障等に頼らず、諸個人が自己責任で頑張る覚悟を迫るものでしょう。それに対抗するには、軍縮と所得再分配・社会保障充実を先行させつつ、デジタル化などの先端技術産業の振興とともに、農林水産業の自給率向上、再生可能エネルギーを含む地域内循環型経済の再構築を進めることで、グローバリゼーションに従属ではなく対応できる国民経済を構築することが求められています。
せっかく関野論文が具体的な現状分析を示しているのに、勝手に大雑把な話で失礼しました。次の問題は経済理論です。先日、谷野勝明氏の『蓄積論体系と恐慌論』(八朔社、2023年)を購入し、不破哲三氏の恐慌論などへの批判に当たる第12〜15章を読みました。不破氏の膨大な著作が啓蒙的で明快であるのに対して、谷野氏の方は稠密で難解です。真実を捉えた上でわかりやすく叙述するのはすばらしいのですが、誤った思い込みをわかりやすく提供するのは罪深いことです。それに対してわかりやすく批判できるなら上々ですが、それはなかなか難しい。谷野氏の論文は何度も読まないと理解には至らないでしょうが、その周到な論証過程を捉えることは苦労しがいがあるというものです。
論点は多岐にわたり、それぞれに付いて幾重もの考察が重ねられる展開ですので、読むには忍耐力が要ります。そこでまずはざっと再読程度で、大まかに気づいた点を以下にいくつかだけ述べます。他にも批判点は多く提出されていますが、これだけでも核心的部分を衝いています。
まず「流通過程の短縮」概念そのものに周到な検討が重ねられます。不破氏が強調する「流通過程の短縮」は、商業資本の介在によって、最終消費者に販売されるより前に産業資本にとって商品価値が実現することを指します。しかし本来それは、価値増殖の制限である流通期間そのものをなくそうとする資本の衝動一般を指すものであり、商業資本の介在だけにはとどまらないと指摘されます。――「『流通過程の短縮』は、価値増殖に対して『否定的に』規定する『制限』を突破するものとして『必然的に』生じてくる資本の内的『傾向』として把握されねばならないのである」(480ページ)。
さらにそうした一面的把握と関連して、不破氏には「産業資本相互の『直接的な』『商品売買』の把握と、商業資本による売買が全てではないことの認識」(484ページ)が欠けています。これは恐慌の考察に際して、生産手段としての固定資本の問題の軽視につながります。
商業資本の介在によって、架空の需要が累積される、あるいは架空の需要の累積がもっぱら商業資本の介在を原因とする、ということも簡単には言えません。「資本制生産がもともと大規模な見込生産なのである。こうした投資行動に関しては産業資本と商業資本とは共通している。(不破)氏が問題とするような商人の行動様式はその反映であり、それによって『不均衡』が発生しているということではない」(485ページ)し、「生産諸部門にわたる需給動向や消費動向の把握も商人の方が産業資本家たちよりも確かであろう」(486ページ)。また商業資本にとっても、商品を最終的に消費者に販売し、資本を環流させることで新たな操作ができるのだから、この販売がされる以前に産業資本家が商業資本家に販売するのは困難です。したがって、「『商人資本の介入』だけで再生産過程の『独立化』が『どんどん進行してゆ』くことは不可能なのである」(487ページ)ということになります。
次いで、不破氏が「恐慌の一層発展した可能性」を捉え損なっている点が批判されます。「『恐慌の一層発展した可能性』として、生産『諸部門間』の『均衡条件』・生産『諸部門間』の比例性の問題が指摘されてはいるが、それも、市場メカニズムの過大評価によって、結局は排除されざるをえないのである」(442ページ)。あるいは「『恐慌の一層発展した可能性』としての固定資本の償却基金や蓄積基金の積立と投下の均衡の問題を軽視や無視したりした」(499ページ)ということもあります。
不破氏の場合、「不均衡」は、「『流通過程の短縮』という運動形態」によって問題となり、「再生産過程」の「実体的な関係」の下では問題にならない、という把握(406ページ)ですが、「『不均衡』は、先ず『再生産過程』の『実在的な関係』の下で解明されなければならないので」す(407ページ)。そこで、谷野氏の著書の「むすびにかえて」はこう締めくくられます。
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しかし、「恐慌の一層発展した可能性」の把握が全く不十分であったので、そうした方向には進められず、そのために、「不均衡」「累積」の「仕組み」として「商人資本の介在」に決定的な役割を担わせる他に途がなくなってしまった。その「恐慌の一層発展した可能性」の内容を乏しくさせた根本的要因は、総再生産過程論での「不均衡」は市場における価格メカニズムで解明されるとの氏の理解にあったのだから、この点こそが氏の恐慌論の最奥の秘密なのである。それに気づかずに、「新しい恐慌論」と錯覚して、出版や宣伝を繰り返し、果ては『資本論』の翻訳の凡例や訳注にまで入れてしまった所に、問題の深刻さがある。 548ページ
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ちなみにきわめて大ざっぱな言い方をすれば、恐慌論の主要な対立点の一つとして商品過剰論と資本過剰論とを上げることができます。もちろん恐慌では商品も資本も過剰になるのであり、理論は両者を統一的に捉えねばなりませんが、諸論の中では力点の違いは自ずと出てきます。日本において両論の双璧をなすのは、山田盛太郎『再生産過程表式分析序論』と宇野弘蔵『恐慌論』でしょう。前者では、生産と消費の矛盾を恐慌の究極の根拠とし、再生産表式を重視した研究が展開されたのに対して、後者では恐慌論から再生産表式を追放し、労賃騰貴による「資本の絶対的過剰生産」を中心とした研究が展開されました。
宇野理論が恐慌論から再生産表式を追放するのは、再生産の不均衡は価格メカニズムによって調整される、とするからです。これを指して高須賀義博氏は宇野理論を「マルクス経済学における新古典派」と呼びました。
不破氏の場合も、価格メカニズムの過大視によって、「恐慌の一層発展した可能性」を再生産過程の実体的な関係において捉えられず、不均衡累積の仕組みとして商業資本の介在に決定的な役割を担わせることになったのです。宇野理論とは正反対の極論として、『資本論』第2部第3篇、つまり再生産表式論の最後に恐慌論の総括がなされるはずであった、とまで不破氏は主張しますが、そこにはある意味で宇野理論と似た新古典派的性格があると言えます。『資本論』=拡張された「資本一般」論次元において、恐慌の本質が解明され、その具体的現れが「競争=産業循環」論次元で展開される、という重層的理論構成が必要です。それによって、価格メカニズムを相対化し位置づけつつ、再生産過程の不均衡の展開を解明する「恐慌=産業循環」論の体系が形成されうると私は考えます。
ところですでに2022年に川上則道氏の著書『本当に、マルクスは書いたのか、エンゲルスは見落としたのか ――不破哲三氏の論考「再生産と恐慌」の批判的検討――』(本の泉社)が刊行され、今回、2020年初出の論文と書き下ろしを含む谷野氏の著書が刊行されたことで、不破説に対する検討は一定の到達点を築き、その誤りは明確になりました。それをキーコンセプトとする新版『資本論』の問題点も具体的に示され、是正すべき点も明らかになりました(谷野氏の著書に指摘がある)。もはや不破説とそれによって改編された新版『資本論』とについて、有力な批判を無視して、これまでのように喧伝し続けることは学問的には不当と思われます。多くの真面目な学習者たち(特に次代を担う青年学生たち)をこれ以上ミスリードすることに心が痛まないのか、と言わざるを得ません。誤った宣伝は即刻中止すべきですが、仮にそれが無理でも、川上氏と谷野氏の著書に対する、しかるべき研究者の書評を、不破説を喧伝してきたメディアが掲載することは、公正な情報を提供するという意味で最低限必要なことです。まさに関係者の学問的良心が問われています。
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